2013年11月18日

教育市民フォーラム

瀬戸市の教育が新しい世界に踏み出した。

「やっと」、という感もするが進むべき方向への舵取りができたと思う。

今から10年以上前、平成13年10月に瀬戸市教育委員会から「瀬戸の教育を創造する市民会議」に対し教育ビジョン策定の諮問があった。
私は市民会議委員の一人であった。

約1年半にわたっての検討結果を教育委員会に答申したのが平成13年3月27日だった。

瀬戸市の教育理念は・・・
・すべての子供たちが瀬戸で学んでよかった。
・すべての親達が我が子を瀬戸で育ててよかった。
・すべての市民が瀬戸で生きてよかった。
と思えるような教育の創造と展開をする・・・というもので、これが答申のベースにあることは言うまでもない。

その後教育委員会では、答申を踏まえ具体的な実施計画に落とし込み、これをアクションプランとした。

その中に、「瀬戸市にふさわしい教育を推進するための取り組み」というのがあり、5項目掲げられている。
1、地域ぐるみの子育て
2、豊かな体験活動と交流
3、社会を担う市民の育成
4、環境を重視したまちづくり
5、学校経営の充実

こうした取り組みが行なわれてきたが、従来と一番大きな変化が『まるっとせとっ子フェスタ』の開催である。
従来、子ども達の活動成果は夫々の学校毎に、発表会や展覧会などが開催されていた。
それを、瀬戸市内全ての小中学校(特別養護学校も含む)が同じ会場で成果発表をするというものだ。

今年は11月14日から17日までの4日間を使っての大発表会であった。

そして、最後に行なわれるのが「瀬戸の教育市民フォーラム」である。
ここでは、地域での人材育成に尽力された方々への感謝状贈呈、子ども達が夏休みを使いいろいろなことに挑戦する「キミチャレ」の成果発表、そして講演会という内容だ。

アクションプランに示されている、「地域ぐるみの子育て」の実践なのである。

全体的な方向性は定まった。
これからは、個別の施策を充実させていくことになる。

広く市民に知らせ、理解を深めてもらい「支援者・協力者」として子育て、人材育成に参画してもらうように、限りない努力が必要であろう。

posted by 伊藤保徳 at 11:42| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月17日

大学院寄附講座

名古屋学院大学大学院で5年前から「寄附講座」を行なっている。
大学院の授業の中に、企業などからの寄付によって用意される講座のことである。
自由度は高いが、教授会での審査を経て講座が設けられている。

河村電器の寄附講座は、専ら自社の経営活動を中心に、実学的な授業を行なっている。
それは、社会人大学院であり、現実に立脚した講座であるべきであり、ならば、資金の提供による講座ではなく、自社の上級管理者が講義を担当することで「現在の事情」を伝えているからである。

講座名は、「経営システム研究」である。

一面、「企業研究」といった所もあるが、自社の実態と理論との比較の中で、「あるべき姿」を研究するのである。

土曜日の午後に二コマ、連続8週の講義である。

今年は、私が第一回目と最終回を担当。
各論を二人の執行役員が担当し、昨日が最終回であった。

受講登録をした院生は7名。
8回欠席もなく終了した。
残るは評価のみで、来月中旬までに報告を求められている。

来年以降の開催も要請されているが、講師を担当する役員とよく相談して決めたいと思っている。

1回に二コマ、合計3時間の講義を8週間行なうのは大変である。
しかしとても勉強になることも事実である。

願わくば続けていきたいが・・・。

posted by 伊藤保徳 at 09:32| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月16日

日韓関係が心配

政治レベルと民間レベルでは大きな違いがあるが、最近のマスコミ報道を見る限り、政治レベルでの日韓関係はどんどん悪くなっているようだ。
識者の意見を聞いていると、「日本はもっと主張すべき」、という論調が多い。

こうした動きがどんどんエスカレートすれば、行き着くところまでいてしまいそうである。
故に、心配するのである。

確かに朴大統領の動きはあからさまで、自国の歴史認識こそが絶対に正しいという態度である。
最近は、「反日」というより、「嫌日」という見出しがつくほどだ。

「これほどまでに根深く、かたくなな態度を取られるとは・・・」
政府の率直な思いではなかろうか。

「ではどうすべきか?」という事になるが、安倍総理の言う「歴史問題は専門家に任せ・・・」という最初の呼びかけに耳を貸さないのだから始末が悪い。

結局は民間レベルでのスポーツや文化などの交流を中心に、双方がもう少し次元の高い所でわかり合う努力が必要ということになる。

しかし一方では、日本国内での歴史認識を一本化することも必要だ。
戦時中の不幸な出来事や領土問題など、よくよく考えてみると、我が国国内の「反日的な一部の人」によって混乱させられている気がする。

ここにも戦後の教育に原因の一つがあるようだ。
多くの国民が、自国の歴史を知らなさすぎるのだ。
そのことが、他国に付け入る隙を与えているのではなかろうか。

こう考えると、日本国や日本人は誇りを取り戻し、反日的活動に毅然として立ち向かうことが求められているような気がする。

いささか抽象的な書き込みなったが、隣国との問題は避けて通れるものでもなく、心配がゆえの考えを述べてみた。

posted by 伊藤保徳 at 09:34| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

マスコミの報道

最近特に感じるようになったことだが、マスコミの報道が正確ではないのでは、という疑問だ。
実際すべてを知っている人はごくわずかであり、報道記者に完璧を求めることは難しいこともわかる。

であるが故に、より客観的な事実を知らせるということが望まれる。

この、客観的事実というのもなかなか難しい。

個人的には、常に国益を意識して欲しいと思っている。

最近の報道で注目されているのが元総理大臣小泉さんの「脱原発」発言だ。
今日、記者クラブで講演されるようで、発言の意図がより正確に報じられることを望みたい。

しかし、今日も朝刊一面に「細川元首相も脱原発」という見出しがあり、記事の論調は「安倍政権批判」である。(中日新聞)

私がこうした記事に「意図」を感じるのは、殊更に対立の構図を作っているということだ。
政府も未来永劫原発を続けるという考えはない。
また、小泉さんも「今すぐやめよう」というのではなく、エネルギー政策の将来として「脱原発を政府が宣言すべき」ということを語っている。

つまり、日本のエネルギー政策に「時間軸」を入れれば、それほどの対立には成らないと思う。
その上で、国民一人一人が、エネルギー問題を自分のこととして考えるような運動に発展させるべきであろう。

それをマスコミが働きかけるべきではなかろうか。

私はそう思っている。

今日の小泉さんの話に注目したい。
posted by 伊藤保徳 at 07:47| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

会議とは

私は今、瀬戸・旭倫理法人会の属しているが、新年度は9月からでである。
従って、新年度が始まって三ヶ月目となる。
今期は新しい役職をいただいていることもあり、今までにないことも体験している。

その中で、一番おかしいと思っていることが役員会である。

今期、愛知県尾張地区の「副地区長」という役目をいただいているが、これは愛知県倫理法人会の役員ということで、毎月の役員会に出席しなければならない。
今日が11月の役員会であった。

朝6時半から8時までの1時間半であるが、そのすべての時間が「連絡事項」である。

連絡をする側が淡々と連絡するのである。
各種委員会と各地区の地区長からは状況の報告がある。
これで1時間半かけて終了となる。

役員会といえば、一般的には議論はないものの、質疑くらいはあるものである。
しかし、全く無いのである。

時間通りに進行するのはいい。
しかし、質疑もなく、一方的に連絡をするだけなら集まる必要がどこにあるのか疑問である。

今期になって三回出席したが全てそうであった。

企業ではこういう極端なことはないと思うが、改めて「開催する意味」があるのか考えて見る必要があるのではなかろうか。

そんなことを思いながら帰ってきた。



posted by 伊藤保徳 at 17:44| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月08日

道徳の教科化

昨日の中日新聞に、「道徳 教科化提言へ」という記事があった。

道徳教育の充実策を検討している文部科学省の有識者会議では、現在正式科目ではない小中学校の「道徳の時間」を強化に格上げし、検定教科書を使うべきだとする提言をまとめたという。

ずいぶん時間がかかっているが、それだけにむつかしい問題だ。

教科化すれば、評価が必要だし、指導内容の均質性を確保するために教科書が必要になる。

この二つが「道徳教育の教科化」を阻んできたといってよい。

今回の提言で、検定教科書を使うということ。
そして評価については、一般科目のように5段階の数値評価はせず、記述式にし、子供の取り組み状況を評価する方法のようだ。

評価方法は「取り組み状況」の評価というのは良いと思う。
つまり、学校生活で周りの人たちに、どう接しようとしてるか、集団の中でどんな役割を担おうとしているかを評価する、というイメージだ。
問題は教科書であろう。

記事を読みながら思ったことがある。
それは、過日、下村文部科学大臣の発言に関係している。

大臣は、「道徳教育という言い方が問題なら、いっそ人間学と言ったらいい。」と発言されている。

この際、道徳教育の教科化は、「人間学」といったらいいと思う。

企業において人材を育成する場合、「人間学」と「時務学」とのバランスに留意してきた。
むしろ、「人間学」を優先してきたと言えよう。

人間学とは、先人の言動を通して倫理道徳を学ぶことであり、時務学というのは、仕事をうまく行うために必要な知識、技術のことだ。

戦後の学校教育では、専ら「時務学」の基礎となる「読み書きそろばん」を教えてきたのである。
それに、「人間学」を加えようというのである。

何もむつかしく考える必要はない。
いろいろな先人を紹介し、子供たちに「あやかりたい人」を見つけさせればよい。
そして、そういう人の言動を真似させたらいいのである。

そうした指導が学校教育における道徳指導だと思う。

道徳教育にあれこれ反対意見をいう人に、子供達を立派に育てようというという気概が欠けていると見えるのは私だけだろうか。
posted by 伊藤保徳 at 06:26| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月07日

整理整頓術

企業活動で、まずは全員で取り組むべきは整理整頓だと思っている。
「3S」とか「5S」とか言われるものだ。

これは、オフィスや工場だけのものではなく、一般家庭、日常生活でも全く同じことが言えよう。
ただ、「5S」などと、硬い言い方をせず、整理収納術などという言い方をする。

言い方はともかく、一般人にわかりやすい表現がであるという点は重要だ。

収納カウンセラーを名乗る飯田久恵さんが、ある雑誌でわかりやすく解説している。

「我が家がオアシスになる収納術」と題して整理整頓のポイントを述べている。

飯田久恵さん流の「整理収納」の極意
1.「収納」とは、ものの「定位置=指定席」をつくること。

2.「片づけ」とは、使ったものを正しく「指定席」に戻すこと。

3.「整理」とは、不要なものを処分すること。

「片づけても、なぜか部屋が散らかる」という人は、この三つを混同しているという。

言われてみればそうだ。
散らかっているのは、使ったあとにもとあった場所に戻していなかったり、不要なものなのに、何となく手元に置いておくからだ。

どうやらポイントは、「戻す」と「処分する」のようだ。

また使うから・・・
いつか必要になるから・・・

これをすぐやめるべきである。

posted by 伊藤保徳 at 08:37| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

役所の発想

11月5日の中日新聞を見ていささか呆れた。

その記事は「特報」で、森の防潮堤がなかなか進まないというもので、それは、国や自治体がコンクリートに固執しているからというのである。

私が初めて森の防潮堤のことを知ったのは、あの大震災から一年ほど経った頃だと記憶している。

森の防潮堤とは、海岸沿いに震災瓦礫で造った盛り土に、地元に生息する樹木を植え、防潮堤と同じ働きをさせるというものである。
宮脇昭・横浜国立大名誉教授が提唱されたものだが、自然回帰で素晴らしい構想だと思った。

当然ながら、国も自治体も大賛成で、順調に進んでいると思ったが、それがそうでもないようだ。

津波で破壊された防潮堤は、更に強度を高めたコンクリートで整備する計画が着々と進んでいるようだ。
どうも、「強度計算こそ」が安全とか効果的の拠り所のようで、コンクリート製の方が計算が容易であるため高いコストながら容認されているようだ。
問題だと思いませんか?

「いのちを守る森の防潮堤」推進協議会の会長で、輪王寺(仙台市)の日置道隆住職のコメントがあった。
「人間はこれまで豊かな自然を壊して生きてきた。その過ちを繰り返そうとしている。」

「海と陸はつながり、生きている。それをコンクリートで遮断すると、短期では利益があるかもしれないが、長期で見れば、海も陸も死んでしまうことになる。」

私もそう思う。

こういうことこそ日本人が世界に手本を示すことだと思うのだが・・・。

posted by 伊藤保徳 at 17:08| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

正しいのは?

小泉元総理の脱原発発言で日本のエネルギー政策が揺らいでいる。

小泉氏の発言に対し、総理時代には推進と言いながら、今更脱原発とは無責任だという声がある。
これに対して、「人は考え方が変わるもの」と反論しているが、どうもレベルが低く心配になる。
どうしてもっと本質的なことが議論されないんだろうか?

こうした事象を目の当たりにすれば、国民の多くは感覚的、情緒的に判断し、やがて世論が形成されて行くのだ。恐ろしいことだ。
マスコミの責任は大きい。

先日新幹線を利用した際、WEDGEに意外な記事があった。

「福島の避難者が見たチェリノブイリ」というたいとるであった。

記事の概略は・・・
驚くことは多々あった。
事故後も2000年までチェリノブイリ原発が稼働していたこと、
今なお送電施設としては機能しており、作業員が防護服なしに働いていたこと、

避難により廃墟となった町があった一方で、
「夢の町」と呼ばれるニュータウンがあったこと・・・

チェリノブイリ原発事故の避難者や研究者との意見交換を経て、
見えてきた未来のへの希望もあった。
繰り返してはいけない教訓もあった。

これは、記事の冒頭に書かれていた文章である。

内容を読んだが驚くことが多い。

そして今朝の産経新聞(大阪)に、櫻井よしこ氏が「原発恐れず議論の時」と題した意見があった。

何が本当に正しいのか?
やはり歴史に学ぶべきであろう。

世界で唯一の被爆国である。
チェリノブイリ原発事故。

わが国の福島原発事故に際し、本当に歴史に学んでの対策が打たれてるのか、大いに疑問である。
世論とやらに迎合し、「原発ありかなしか?」で本当にいいだろうか。



posted by 伊藤保徳 at 07:00| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

ストレスへの対処

情報化社会となり、ストレスも大きくなり精神的な障害を持つ人が少なくない。

過剰なストレスにより、うつ病患者も拡大の一途のようだ。
厚生労働省の調査によれば、平成8年に43万人だったのが、平成20年には何と104万人だったという。
しかも働き盛りの年代が中心である。

ワークバランスという言葉が登場してから随分と時が経つが、相変わらず「ワーク ワーク」のようだ。

適度なストレスは必要だが、過度のストレスが問題である。

ある雑誌(倫風9月号)に、「ストレスは、一日一日をリセットし、次に日にまで持ち越さない」という内容の記事があった。
それはよくわかる。
しかし、一日のことをどうリセットしたらいいかがわからないから「持ち越す」のである。

この記事は「ストレス一日決算主義」という著書のある山本晴義しによるもので、なかなか説得力のあるものだった。

いろいろな処方が紹介してあったが、ポイントは3つである。

「挨拶」「朝食」「スポーツ」である。
挨拶というのは、極めて重要なコミュニケーションである。
同時に、「存在の確認」と、「けじめ」だという。

改めて考えると、確かにその通りである。
そのように意識するかどうかが問題である。

朝食を家族ととるということは、規則正しい生活をしてるかどうかの指標である。
これもけじめある日常と言えよう。

三つ目のスポーツだが、体力や健康の維持増進に欠かすことはできないだろう。
加えて、気分の転換に効果的である。

要は、メリハリのある生活をすることがストレスをためないことになるようだ。

朝早く起きる。
朝食前のウオーキングとブログの更新、そして家族との朝食。

こんな生活にしてから5年くらいになる。
時に夜更かしもするが・・・。

こういう生活は良き循環になると実感している。



posted by 伊藤保徳 at 09:23| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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