2013年12月29日

本の整理

年末の大掃除に取り掛かろうと、本箱や書棚から始めるとなかなか先に進まないものだ。
もう、何年も同じことをやっているがなかなか進化していない。
なぜだろうか?

いろいろ考えるが、いい手立ては「思い切って捨てる」ことだろうが、本好きにとってはなかなか思いきれないのである。

先日産経新聞に、「本はたくさん読むな」という見出しを見つけ、切り抜いておいた。
「賢者に学ぶ」という欄で、哲学者の適菜収氏が述べていた。

数多い「読書論」の中で、新渡戸稲造のものが秀逸で言い尽くしていると評価している。
その内容は、「本はたくさん読むな」ということ。
たくさん読む(多読)ことより、「それを通じて考えるプロセスことが重要だ」、とのこと。

新渡戸稲造はこう述べている。
《諸君が読書するには遅くてもいいから、一日に何ページでもいいから、『この本はこうあるけども、どうか』というようにじっと考えてもらいたい。』(「読書と人生」)

そして、古典を一つだけ読むことを薦めている。
それは、「考え方の芯」を作ることが大切だからという。

記事を読みながら全くその通りだと思った。
私も多読の方である。
では、そこから「考え方の芯はできたのか」、と問われると残念ながらできてはいないのである。

そうであるが故に、「本の整理」が出来ないのである。

一冊ずつ、「思い切って捨てよう」と意識しながら見ていっても、これもあれも残したいと思ってします。
これでは永久にほんの整理などできないと知った。

「古典一冊」とまでは行かないまでも、ある程度は絞り込めそうである。

posted by 伊藤保徳 at 08:22| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

靖国神社参拝

昨日、安倍総理が靖国神社に参拝された。
第一次安倍内閣の折、「靖国神社に参拝できなかったのは痛恨の極み」とまで話されており、総理にとっては念願かなった思いであろう。

予想されていたとはいえ、マスコミ各社(産経新聞はのぞく)は批判の大合唱だ。

一方ネットでは、「よくぞ出かけた」「嬉しくて涙が出た」などという書き込みが目立った。

私は、昨日の夕刊(中日新聞)と、今日の朝刊(中日新聞・産経新聞)をざっと見て感じることは、安倍総理が参拝した意味を掘り下げて報じたところが無いことを残念に思う。

特に、テレビや中日新聞は「あなたたちはどこの国民なんですか?」と問いたくなった。

世論という曖昧な意見をベースに、自国の総理大臣に対して「間違った歴史認識をしている」という韓国や中国の立場で批判をしている。
むしろ逆でなくてはいけないと思う。

なにも殊更に擁護する必要はない。

間違った歴史認識という隣国のコメントに対し、「なぜそういうのか?」「歴史認識は自国の都合ということもあり外交上に持ち出すのは問題では?」ということについて、もっと広くいろいろな考えを紹介すべきではないか。

靖国神社への総理参拝について批判的な人の意見を聞くと、その多くは「隣国を刺激すると我が国に不利益だ!」というもの。

このことは、「損得勘定の問題」ではない。

やはり「正しいか否か」で判断すべきであろう。

私は思う。
我が国のために尊い命を捧げられた御霊に尊崇の念を捧げるのは究めて当然のことだと思う。
この事を国民が「統一の価値観」として持つべきである。
その上に外交政策があるべきだ。

価値基準が「損得」というのは、あまりにも近視眼的である。


posted by 伊藤保徳 at 09:46| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

変わった社説

中日新聞に変わった社説があった。
その意図はわからないが、3回に分けての掲載だった。

12月16日「フィンランドの教育現場」(上)という社説が載った。

「教育」は興味のある分野でもあり、すぐ目に付いたが同時に(上)という表示が気になった。
(上)とあるからには、最低でも2回は掲載されるだろうと思った。
内容は、見出しのごとく「教育現場」のルポであり、そこから「何が言いたいのか」はよくわからなかった。

翌17日には(中)が掲載された。
内容は当たり前だが(上)の続きであった。

そして一日置いて19日には(下)が掲載された。

この社説は変わっていると思うのは、三回に分けているということ。
内容を読んでも「三回に分ける必要性を感じない」、のである。

また、「社説」は時の話題や課題に対し、「ズバリ一言」で表すから意味があるのであり、三回に分けるほどの価値を認めているならば違う方法があるはずである。

もう一点は、フィンランドの教育事情を紹介しているが、これから何を感じどうすべきかが明確ではない。

最後の(下)に、こう書かれている。
フィンランドの教育に対する考え方について・・・
《それはあらゆる場で格差を広げている今の日本にこそ取り入れと欲しい考え方だ。》

たったこれだけのことで3回に分けて掲載する必要があったのか疑問に思う。

もっと端的に比較し、その問題点を明らかにすると共に、日本の進むべき方向に対して「所見」を述べてもらいたかった。

私自身、社説にはそんなことを期待している。

posted by 伊藤保徳 at 08:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月15日

挨拶のレジュメ

昨日、小牧市倫理法人会のモーニングセミナー300回記念に出席した。

80名という参加で、成功裡に終えられたが一つ感心したことがある。
それは毎回行なわれる「会長挨拶」にレジュメが用意され、出席者全員に配られたことである。

配られたレジュメには、55の番号があり、このことが継続されていることを知った。

倫理法人会の会長は、モーニングセミナー開催の折には必ずセットされているものであり、毎月4回年合計48回挨拶をする事になる。
小牧市の会長は2年目であり、9月からの新年度で昨日で14回目となるはずである。

会長就任の第1回目からではないものの、かなり早い時期から「会長挨拶のレジュメ」を作り配布されてるようだ。

5分程度の時間だが、会長としての責務を果たすために会員に対して「学びの姿勢」を示しているといえよう。
自分の思いや価値観を伝えるのに、時間の長さはさほど問題にならない。
5分もあれば十分といえる。

毎週1回、1年以上も続けられれば大きな効果が得られていると思う。
一方で、会長は素晴らしい勉強をされてきたと思う。
毎週、ほとんど同じメンバーに違った話をするということは大変なことだ。

昨日のレジュメは、「安藤百福から学ぶ A」だった。
安藤氏は日清食品の創業者であるが、発明家としても有名だ。

安藤氏を紹介した書物を参考に、その生き方や考え方をなどを紹介された。
ただ単に、書かれていることを紹介するのではなく、「倫理での学び」に投影し、そこから我々が学ぶべきものは何かを示してもらった。
安藤氏は、とにもかくにも「気づいたらすぐやる」という姿勢の持ち主であったようだ。

純粋倫理では『即行即止』という言葉がある。
つまり、「気づいたらすぐ行う、それが最もタイミングのいい時だ。また、いけないと思ったらすぐに止めることが肝要。」と説いている。

安藤氏はそんな人だったようだ。

これが会長挨拶の概要である。

聞いてる我々も勉強になった。
法人会での会長挨拶にレジュメを作り配布している例は聞かない。

posted by 伊藤保徳 at 10:18| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

大物政治家

先週名古屋にて、時事通信社解説委員の田崎史郎氏の講演を聞く機会があった。
氏は最近よくテレビにも出ておられるが、あの口調での90分であった。

はじめに、政治家の人となりについての説明があった。
つまり、政治は人間の営みであり、政治家の人間的な面をよく見ておく必要があり、その代表的な人物として故田中角栄氏をあげていた。

持ち前の決断力と実行力を遺憾なく発揮した政治家であり、「今太閤」として有名であった。
一方で、「金権政治」とか「派閥政治」という評価もあり、いまだ評価が分かれる所である。

私自身も興味があったが、偶然にも産経新聞で3回に亘っての記事があった。
11月30日からの連続3回であった。

タイトルは「角栄の流儀・田中元首相没後20年」というものだ。
「亡くなってもう20年も経つのか・・・」と言うのが率直な思いである。

田中角栄氏の政治手法は賛否両論あるようだが、やはり印象なことは、「情」についてである。
「人の心をつかむすべは天才的」、というのは周りの一致した評価のようだ。

象徴的なエピソードが紹介されていた。
《田中の指導内容は細やかだった。

集会では、『「私なんか手を握ってもらえない』と思っている隅っこのおばあちゃんとだけ握手しろ。

訃報があれば「初七日にも花をだせ」とも。
「葬儀は慌しくて親族は悲しさがわからない。皆がいなくなって『ああ、お父ちゃんが死んだんだ』と実感する。花はそのときに出すんだ。》

現、自民党幹事長の石破氏にも「情」についてのエピソードがある。
《石破は58年9月に結婚した。
仲人を頼みに行くと、田中は即座に言った。

「何を言うんだ。お前にはおやじがいないじゃないか。オレはおまえの親代わりとして、お袋さんの横に立ってやりたいんだ」

田中は式に「父親」として出席し、びょうぶの前で石破の母と一人一人出迎えた」》

なかなか出来る事ではない。

「決断と実行の人田中角栄」は、平成5年12月16日、75歳の生涯を閉じた。

いまだに、「この事態、田中角栄だったらどうするか?」という事がささやかれるようだ。
評価は分かれる所だが、政界の歴史に名を残した大物政治家には違いない。

posted by 伊藤保徳 at 10:34| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

インドとの交流

天皇皇后両陛下がインドを訪問されています。
各地で大変な歓迎を受けておられます。

インドと日本は古くから交流があるようですが、あまり知られていないようだ。
私もその一人だったが、東京裁判のことを勉強するうちにパール判事のことを知り、また、9月に靖国神社にお参りした時、そのパール判事の記念碑を拝見し認識を新たにした。

この事を端的に表したのが12月2日の『産経抄』であった。(産経新聞一面)

パール判事とは、あの東京裁判のインド代表判事の一人で、「日本人被告全員の無罪を主張」したことで知られている。
そして、裁判後の昭和27年にも来日されていて、日本の教科書を見て嘆かれたそうだ。
そこには、「日本は侵略瀬印層を行なった」と書かれていたからである。

つまり、史実がゆがめられ、子供たちに間違った教育がなされていたということだ。

そして「産経抄」では・・・
《パール博士だけではない。悪阻荒く戦前からの日本の歴史を日本人以上に正当に評価し、好意を寄せてくれたのはインドの人々だ。》とまで述べている。

われわれは、もっと日本の歴史を正しく知るべきだ。
そして、次代を担う子ども経ちに「国史」としてキチンと教える責務がある。

あらゆる機会を通じで、正しい歴史認識を伝えたいとおもっている。
そのために、更に学ぼうと思っている。

posted by 伊藤保徳 at 09:16| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月30日

日本の政治

「日本の政治は良くなるか」、という演題で、田崎史郎氏(時事通信社 解説委員)の講演を聞いた。
田崎氏といえば、最近テレビによく出ている。
語り口はおとなしく、誠実さが伝わるコメントで、人気があるようだ。

ズバリ、安倍政権は「長期になる」ということだった。

安倍総理の人となり、総理を取り巻く人脈と信頼関係、そして政策の行方などの解説が主たる内容だった。

話を聞き終え、その感想をひと言で表現すれば「政治は人なり」である。

よく「企業は人なり」といわれるが、政治の世界も同じようだ。

講師、田崎氏によれば、「政治とは人間の営みである」ということである。
何となく感じていたことだが、この講演ではっきりした。
「人間の営みであるが故に、政治家の人間性が大きく影響する。個々人の思惑、あるいは感情は反映されるものである。」
印象的なフレーズであった。

もう少し深く考えると、「政治家個人をよく理解すること」が第一歩のようだ。

政治家の(一般的な)価値判断基準として、そのことが正しいか否か(義)というのは半分くらいで、後の半分は「情」と「利」だという。
つまり、口では「公」とか「義」をいううが、それは半分程度であり、実は「情」や「利」が判断の基準に大きく関わっているという指摘だ。

全ての政治家がそうだとは思わないが、多くの政治家がそうであることは想像に難しくない。
やっぱり選挙に勝つことが優先されるのであろう。

こうしたことを前提に、安倍総理の人となりの紹介があり、「故に長期政権となる」という結論であった。

「政治は人なり」と言って、何となく納得するのが日本人であろう。
それは日本の歴史や、伝統的精神文化が育てたもので、世界をリードする文化の一つのようにも思う。

その昔(1980年代後半)日本のことを「経済一流、政治は三流」といわれたことがある。

欧米諸国の政治体制が必ずしも理想ではないことが言われるようになった。
人間的に素晴らしく、人脈や協力者にも恵まれた安倍総理が、新しい日本の政治体制を作り上げられることを期待したい。


posted by 伊藤保徳 at 09:39| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月25日

よくわからない記事

11月22日の産経新聞(大阪)第一面にあった見出しにいささか驚いた。

『江沢民氏に逮捕状・スペイン裁判所「チベット族虐殺関与」』
こういう見出しである。
何のことかを思い記事を読み、更に驚きである。

スペインには、全国管区裁判所というものがあり、人道に対する罪に関しては、国外の事件であっても同国の裁判所に管轄権がある、とのこと。

そんなことを勝手に宣言しても国際的に通用するのか不思議に感じた。

しかし、「チベット族を支援するスペインの人権団体の告発を受け、中国でのチベット族虐殺に関与した容疑で江沢民元国家主席、李鵬元首相ら5人の逮捕状を出した。」とのことだ。

記事を読んでの理解であり、間違っているかもしれないが、「逮捕状が出ても、自国(中国)にいれば逮捕されない」、とのこと。

では、何のための逮捕状なのか、という事になる。
逮捕が執行できなければ意味がないのではなかろうか?
このあたりのことは知っている人がいれば教えて欲しいものだ。

もう一つ、異なる観点での疑問がある。

この記事、ほかの新聞では目にしないということである。

仮にも「中国の元主席に逮捕状」となれば、大きなニュースといえるのではなかろうか。
それがなぜ、他の新聞が記事にしないのか不思議である。

日本のマスコミは、ほとんど同じようなニュースが掲載されていると思っていた。
しかし、大いに違う。
これが一体何を意味するのか、今後も考えていきたい。

それにしてもスペインのこの裁判所、どういうものなんだろうか?
posted by 伊藤保徳 at 17:49| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月20日

教育の怖さ

先日、「日韓関係が心配」、と書き込んだ。
韓国人の日本に対する対応が危険な状況に達しつつあると思うが、これはある日突然に沸き起こったことではないようだ。
どうも、教育によって「憎しみ」などが増幅しているようだ。

久しぶりに読売新聞を読んだ。
今日(11月20日)の朝刊政治欄に「政治の現場」という欄があり、そこに「冷え切る日韓」という記事があった。連載のようで、「5」という表示があった。

「4」までの記事を読んでいないので全体の流れは理解していないが、今日の記事の見出しは『「反日無罪」教育が影響』というものであった。
つまり、今日の日韓関係は長きにわたる教育の影響であるという内容であった。

「反日無罪」というのは、韓国において、反日なら何でも許されるという意味で、「親日派」とみなされればいのちにか変わる恐れもあるそうだ。
驚きである。

教育により「反日」という思想をつくり、やがて「抗日」とか「嫌日」という行動がうまれ、社会的には「反日なら何でも許される」という世論が形成されている。
このように理解のできる記事であった。

ここまでのことを、我が日本国民はどれくらい理解してるだろうか?

教育は故に難しいのである。
そして怖いのである。

日本でもこうしたことが指摘されている。
いわゆる戦後教育でつくられてしまった「自虐的歴史観」である。

では、今後どうすべきだろうか?

先の大戦で負けたときのように、「全てがゼロ」という状況からのスタートではない。
戦後、60数年間教育されたことの部分的否定であり、実行するにはとても難しい。
でも、何もしなかったら今までの延長でしかない。

やはり、「教育改革」ということになろう。

その突破口が、学校教育での「道徳教育教科化」であってほしいものだ。


posted by 伊藤保徳 at 11:33| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月19日

NHK批判

NHK会長人事をめぐり、いろいろな意見が表面化している。

11月18日の産経新聞にも、「NHK現会長の評価が低いわけ」についての記事があった。
現会長の交代論は根強く、「黒字決算」をしてもなんだかんだと評価は低いようだ。

詳しいことは知らないが、新聞によれば次の三つが交代してもらいたい理由のようだ。
@改革のスピードが遅い
A報道番組の内容が偏向している
B国際放送の強化の遅れ

私自身、以前から感じるのはAの「報道番組の内容が偏向している」ことである。

この事については、財界から「報道が反原発に偏っている」、政界からは「歴史認識が自虐的」などという声がでているとのことだ。
私もそう感じている一人である。

記事では、安倍総理はNHKの公共放送のとしてのあり方に不信感をもち、NHK改革にこだわっていると報じている。
以前、次のように批判したという。
「NHK職員は公共放送の責任をよく自覚する必要がある。
自分の主義や主張、イズムを放送を使って拡大させようとするのは間違っている。」

その昔、その日の放送終了時には「国旗の映像と国歌君が代」が放送されていたことを思い出す。
その頃は、「最も正確な情報が報じられている」と思っていた。

NHKには報道の偏向とは別に、ビックリするようなことがある。
これも産経新聞(11月17日「一筆多論」)でしたことだが、先頃亡くなった島倉千代子さんの代表曲である「東京だョおっ母さん」(昭和32年)が、NHK紅白歌合戦で一度も歌われなかったそうだ。
いや、歌わせてもらえなかったそうだ。
150万枚の大ヒット、35回も出場しているのも関わらずだ。

推測だが・・・
2番の歌詞に問題があったようだ。
1番では母娘が皇居前広場で写真を撮り、2番で、戦死した「やさしかった兄さんが待つ九段(靖国)に向う」、という、この部分が問題視されたとのことだ。
そして、稿の最後で、《見えない「被占領意識」という黒い霧は、この国のメディアをいまだに覆っているようである。》と結んでいた。

このことも、「歴史認識が自虐的である」、ということを示す一つではなかろうか。


posted by 伊藤保徳 at 08:43| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月16日

日韓関係が心配

政治レベルと民間レベルでは大きな違いがあるが、最近のマスコミ報道を見る限り、政治レベルでの日韓関係はどんどん悪くなっているようだ。
識者の意見を聞いていると、「日本はもっと主張すべき」、という論調が多い。

こうした動きがどんどんエスカレートすれば、行き着くところまでいてしまいそうである。
故に、心配するのである。

確かに朴大統領の動きはあからさまで、自国の歴史認識こそが絶対に正しいという態度である。
最近は、「反日」というより、「嫌日」という見出しがつくほどだ。

「これほどまでに根深く、かたくなな態度を取られるとは・・・」
政府の率直な思いではなかろうか。

「ではどうすべきか?」という事になるが、安倍総理の言う「歴史問題は専門家に任せ・・・」という最初の呼びかけに耳を貸さないのだから始末が悪い。

結局は民間レベルでのスポーツや文化などの交流を中心に、双方がもう少し次元の高い所でわかり合う努力が必要ということになる。

しかし一方では、日本国内での歴史認識を一本化することも必要だ。
戦時中の不幸な出来事や領土問題など、よくよく考えてみると、我が国国内の「反日的な一部の人」によって混乱させられている気がする。

ここにも戦後の教育に原因の一つがあるようだ。
多くの国民が、自国の歴史を知らなさすぎるのだ。
そのことが、他国に付け入る隙を与えているのではなかろうか。

こう考えると、日本国や日本人は誇りを取り戻し、反日的活動に毅然として立ち向かうことが求められているような気がする。

いささか抽象的な書き込みなったが、隣国との問題は避けて通れるものでもなく、心配がゆえの考えを述べてみた。

posted by 伊藤保徳 at 09:34| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

会議とは

私は今、瀬戸・旭倫理法人会の属しているが、新年度は9月からでである。
従って、新年度が始まって三ヶ月目となる。
今期は新しい役職をいただいていることもあり、今までにないことも体験している。

その中で、一番おかしいと思っていることが役員会である。

今期、愛知県尾張地区の「副地区長」という役目をいただいているが、これは愛知県倫理法人会の役員ということで、毎月の役員会に出席しなければならない。
今日が11月の役員会であった。

朝6時半から8時までの1時間半であるが、そのすべての時間が「連絡事項」である。

連絡をする側が淡々と連絡するのである。
各種委員会と各地区の地区長からは状況の報告がある。
これで1時間半かけて終了となる。

役員会といえば、一般的には議論はないものの、質疑くらいはあるものである。
しかし、全く無いのである。

時間通りに進行するのはいい。
しかし、質疑もなく、一方的に連絡をするだけなら集まる必要がどこにあるのか疑問である。

今期になって三回出席したが全てそうであった。

企業ではこういう極端なことはないと思うが、改めて「開催する意味」があるのか考えて見る必要があるのではなかろうか。

そんなことを思いながら帰ってきた。



posted by 伊藤保徳 at 17:44| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

役所の発想

11月5日の中日新聞を見ていささか呆れた。

その記事は「特報」で、森の防潮堤がなかなか進まないというもので、それは、国や自治体がコンクリートに固執しているからというのである。

私が初めて森の防潮堤のことを知ったのは、あの大震災から一年ほど経った頃だと記憶している。

森の防潮堤とは、海岸沿いに震災瓦礫で造った盛り土に、地元に生息する樹木を植え、防潮堤と同じ働きをさせるというものである。
宮脇昭・横浜国立大名誉教授が提唱されたものだが、自然回帰で素晴らしい構想だと思った。

当然ながら、国も自治体も大賛成で、順調に進んでいると思ったが、それがそうでもないようだ。

津波で破壊された防潮堤は、更に強度を高めたコンクリートで整備する計画が着々と進んでいるようだ。
どうも、「強度計算こそ」が安全とか効果的の拠り所のようで、コンクリート製の方が計算が容易であるため高いコストながら容認されているようだ。
問題だと思いませんか?

「いのちを守る森の防潮堤」推進協議会の会長で、輪王寺(仙台市)の日置道隆住職のコメントがあった。
「人間はこれまで豊かな自然を壊して生きてきた。その過ちを繰り返そうとしている。」

「海と陸はつながり、生きている。それをコンクリートで遮断すると、短期では利益があるかもしれないが、長期で見れば、海も陸も死んでしまうことになる。」

私もそう思う。

こういうことこそ日本人が世界に手本を示すことだと思うのだが・・・。

posted by 伊藤保徳 at 17:08| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

正しいのは?

小泉元総理の脱原発発言で日本のエネルギー政策が揺らいでいる。

小泉氏の発言に対し、総理時代には推進と言いながら、今更脱原発とは無責任だという声がある。
これに対して、「人は考え方が変わるもの」と反論しているが、どうもレベルが低く心配になる。
どうしてもっと本質的なことが議論されないんだろうか?

こうした事象を目の当たりにすれば、国民の多くは感覚的、情緒的に判断し、やがて世論が形成されて行くのだ。恐ろしいことだ。
マスコミの責任は大きい。

先日新幹線を利用した際、WEDGEに意外な記事があった。

「福島の避難者が見たチェリノブイリ」というたいとるであった。

記事の概略は・・・
驚くことは多々あった。
事故後も2000年までチェリノブイリ原発が稼働していたこと、
今なお送電施設としては機能しており、作業員が防護服なしに働いていたこと、

避難により廃墟となった町があった一方で、
「夢の町」と呼ばれるニュータウンがあったこと・・・

チェリノブイリ原発事故の避難者や研究者との意見交換を経て、
見えてきた未来のへの希望もあった。
繰り返してはいけない教訓もあった。

これは、記事の冒頭に書かれていた文章である。

内容を読んだが驚くことが多い。

そして今朝の産経新聞(大阪)に、櫻井よしこ氏が「原発恐れず議論の時」と題した意見があった。

何が本当に正しいのか?
やはり歴史に学ぶべきであろう。

世界で唯一の被爆国である。
チェリノブイリ原発事故。

わが国の福島原発事故に際し、本当に歴史に学んでの対策が打たれてるのか、大いに疑問である。
世論とやらに迎合し、「原発ありかなしか?」で本当にいいだろうか。



posted by 伊藤保徳 at 07:00| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

ストレスへの対処

情報化社会となり、ストレスも大きくなり精神的な障害を持つ人が少なくない。

過剰なストレスにより、うつ病患者も拡大の一途のようだ。
厚生労働省の調査によれば、平成8年に43万人だったのが、平成20年には何と104万人だったという。
しかも働き盛りの年代が中心である。

ワークバランスという言葉が登場してから随分と時が経つが、相変わらず「ワーク ワーク」のようだ。

適度なストレスは必要だが、過度のストレスが問題である。

ある雑誌(倫風9月号)に、「ストレスは、一日一日をリセットし、次に日にまで持ち越さない」という内容の記事があった。
それはよくわかる。
しかし、一日のことをどうリセットしたらいいかがわからないから「持ち越す」のである。

この記事は「ストレス一日決算主義」という著書のある山本晴義しによるもので、なかなか説得力のあるものだった。

いろいろな処方が紹介してあったが、ポイントは3つである。

「挨拶」「朝食」「スポーツ」である。
挨拶というのは、極めて重要なコミュニケーションである。
同時に、「存在の確認」と、「けじめ」だという。

改めて考えると、確かにその通りである。
そのように意識するかどうかが問題である。

朝食を家族ととるということは、規則正しい生活をしてるかどうかの指標である。
これもけじめある日常と言えよう。

三つ目のスポーツだが、体力や健康の維持増進に欠かすことはできないだろう。
加えて、気分の転換に効果的である。

要は、メリハリのある生活をすることがストレスをためないことになるようだ。

朝早く起きる。
朝食前のウオーキングとブログの更新、そして家族との朝食。

こんな生活にしてから5年くらいになる。
時に夜更かしもするが・・・。

こういう生活は良き循環になると実感している。



posted by 伊藤保徳 at 09:23| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

学びの広がり

今日は瀬戸木鶏クラブの例会である。
活動は6年目にはいるが、毎月の例会のために「致知」をしっかり読むようになった。

例会で、当月号を読んでの意見交換をするのである程度読んで参加しないと意味がない。
5年前から例会を始め、64回目となるが、一度も欠席をしていないのが自慢である。

しっかり読むようになると、その内容から新たな興味の湧くことが少なくない。

11月号でいえば、「致知随想」というコーナーで「生命の歓喜を語り伝える」と題した一文にであった。

流し読みをするコーナーだが、一人の人物の名前に目が止まった。
近代陶芸の巨匠とか、土と炎の詩人などと呼ばれている河井寛次郎である。
この河井寛次郎の孫であり、「河井寛次郎記念館」の学芸員である鷺珠江氏の文であった。

何故目に止まったかといえば、今、瀬戸市美術館で「河井寛次郎展」が開催されているからで、観に行こうと考えていたからである。

一昨日観て来ました。

陶芸の分野では芸術性より機能美を感じました。
いろいろの分野で創作活動をされたようだが、中でも筆で書かれた言葉には感動した。

「ひとりの仕事でありながら、ひとりのしごでない仕事」
「この世は自分を探しに来たところ、この世は自分を見にきたところ」
「新しい自分を見たいので仕事する」
「暮らしが仕事、仕事が暮らし」

こう言った言葉が数多く残されているようだ。

ハガキやカレンダーにして販売されていた。

「致知」の記事に行動を促され、新しいことを幾つも知った。
学びの広がりであり、改めて学ぶ楽しさを感じている。

この年になっても、新しいことを発見するのは嬉しく、楽しいものである。



posted by 伊藤保徳 at 06:33| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

日本の美徳

現在、近隣二カ国からは反日的な言動が多いが世界に目を転ずると、親日的な動きも少なくない。
ただ残念なのは、多くのメディアがそうしたことを取り上げることが少ないことだ。
メディアの中には、「体制批判」と反日的な言動を一緒にしているように感じる。

そんな中にあって、産経新聞には海外のこうした動きが取り上げられている。

その一つが23日の記事である。
「千夜一夜」というコラムである。

見出しに『日本の美徳に注目』とあり、イスラム教系の啓発ページで「日本に見習うべき点」が列挙されてることの紹介である。

・日本人はイヌの散歩の際、糞をかたつけるための袋を持ち歩く。

・日本は世界でもっとも裕福な国の一つなのに、(大部分の)国民は召使を雇っていない。

・日本の学校では毎日、教師と生徒が一緒に掃除をする時間がある。

・学校に道徳の授業がある。

記事では以上の四つだけの紹介であった。
日本人ならきわめて当たり前のことで、これを「美徳」とは誰も考えていないのではなかろうか。
でもそれは、「日本の常識」だ。

そうした日本の常識が、世界に通用しないこともあるが、紹介された行為のような、「社会性・公共性」に富む態度は胸を張っていいし、これからもキチンと継承していくべきであろう。

最後に記述された文に強く共感した。
《中東での日本の存在感は、歴史的につながりが深い欧米に比べてると小さい。だが、日本をお手本にと考える人も少なくない。

誇らしいと同時に、「失望されないように襟を正さないと」とも思う。》

世界の中の日本を正しく自覚すべきである。
そのための情報提供者として、メディアにも大きな責任があるように思う。


posted by 伊藤保徳 at 08:04| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

ディズニー値上げ

昨日の新聞に「ディズニー4月値上げ」という記事があった。

来年4月に消費税が現行の5%から3%引き上げられ、8%になる。
丁度一年ほど前、当時の野田政権が言い出しそれを引き継ぐ形で「来年4月から消費税8%」が決まった。

今のところ増税のための準備が着々と進められつつある。
それは、徴収する側も納税する側も同じことである。
問題は「消費税アップの3%」を従来の売価に乗せられるかどうかである。

この機に「値上げを!」という企業もあると思うが、売価は「相手があってのこと」であり、簡単にはできないことである。

そうした事情を承知した上で「ディズニー4月値上げ」、という発表を見るとうらやましい限りである。

不況になれば「遊興費」は一番に抑えられるものだが「東京ディズニー」は別格だ。

記事によれば、本年度(13年4月〜14年3月)の入場者数は、当初見込みに比べ、3百万人増の3千70万人になるという。
過去最高の入場者数とのことだ。
14年3月期の連結決算の業績予想は、売上高で4千603億円(当初予算より466億円増)、純利益は662億円へと上方修正をしたという。

新料金は4月からの適用で、それまでの前売りは適用外とのこと。
きっと値上げ前の「駆け込み予約」があり、業績にも貢献することだろう。

70%がリピート客という。
それを維持するための並々ならぬ努力があってこそのことだろう。

うらやましがらずに、「ディズニーの経営」から多くを学ぶべきであろう。
異業種だからこそヒントは一杯ある。


posted by 伊藤保徳 at 11:07| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月18日

視察旅行

今日と明日、瀬戸市内のお客様と視察旅行にでかける。
お客様は販売代理店の経営者の方々で、もう30年くらい続いている「会」である。

年に一回の旅行であるが、海外と国内と交互に行なっており、今年は国内である。

視察先は、河村電器水俣工場のメガソーラー発電所である。
今年2月に稼動を始めた発電所である。

今、電気設備業界ではこの太陽光発電所建設で盛況である。
まだまだ続くようだ。

さて、今日の視察でどんなことを感じられるのだろうか。
仕事で発電所設備の資材は扱われているものの、実際の設備をご覧になるのは初めてだという方もおられるとのこと。
きっと幅広い感想が聞けることであろう。

水俣の発電所の売りは、隣りにあるショールームである。
太陽光から電気がつくられる原理や仕組み、街中での太陽光発電やその利用など、子供らにも理解できるような説明をしている。
地域の小中学生に利用してもらいたいとの思いで開設した施設である。

旅行なので、食事や小さな観光も楽しみだ。

posted by 伊藤保徳 at 04:52| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

議論すべきこと

先月から新しい役目をいただき、二回会議を行なったが、どうもうまくいかない。
二回目の会議は昨晩あった。

愛知県下に多くの倫理法人会があるが、それを地区別にまとめて運営がされている。
具体的には、「尾張地区」というのがありそこに、7つの倫理法人会が属している。
その「尾張地区」として、毎月一回「地区役員会を」を開催する事になっている。

私は「副地区長」という役目をいただき、会議の進行役をしているが昨日の2回目を含め、どうも議論すべきことがズレているように感じている。

具体的な事例を一つ。
「尾張地区」でホームページを立ち上げようという案件があった。

本来は「開設する目的と期待効果」、それに「コストパフォーマンス」を勘案し、その是非を検討したかった。
しかし、「目的と期待効果」というより、その内容に質問が集中、本来議論すべきこととは程遠いものになってしまた。

出席者はそれぞれの法人会代表であり、発言は尊重しなければならない。
しかし、発言の内容は本題とは違ったものであった。

何故そうなるかを考えてみた。

結局は「自身の立場認識」の違いであろう。

「会の代表であるとともに、尾張地区や愛知県の考え方をベースに物事を考える人」
「会の代表という認識はあるが、自会の都合や、自分の都合を優先する人」
「自己本位の興味だけで発言する人」
などなどさまざまである。

従って、「議論すべきこと」、つまり論点を明確にし、「賛否とその理由」を述べてもらうようにするしかないのかもしれない。
一つのテーマで討論するのが理想だが、まずは、同じ土俵で「意見を述べる」ことから初めたほうがいいと思っている。

地区長に提案してみるつもりだ。


posted by 伊藤保徳 at 09:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。