2013年12月22日

50代で学べ

産経新聞に「話の肖像画」という欄があり、今、作家の童門冬二さんが取り上げられている。

その第一回目のタイトルが『朽ち果てないために50代で学べ』であった。
なかなか含蓄のある言葉だとおもった。

童門冬二さんは、先月末に話しを聞いたばかりである。
その時の講演テーマは「軍師官兵衛」だった。
30人ほどのサロン的な講演会だったが、86歳とは思えない頭の切れと淡々とした語り口には驚いた。

90分間立ったままでの講演だった。

その童門氏の言葉であり説得力もある。

近著に『50歳からの勉強方』があるそうだがまだ読んではいない。
そこでは、若い頃との勉強方とはちょっと違うと説いているようだ。

まずは死ぬまで学び続けるという姿勢が必要だということ。
学びの姿勢をなくしたとき、人は本当の意味で老いるという。

そこで述べている。
《ただ、若いころのように新たなことに挑戦したり幅を広げたりするのはやめたほうがいい。自分の中にある鉱脈を掘ればいいのです。

誰でも50歳までの人生には蓄積が、深さがあるでしょう。
50代は仕込んだものを発酵させ、結実させる最適の時期なんですよ。》

自分の鉱脈とは、「経験そのもの」なんでしょう。

会社に何十年と勤務したこと、それこそが「鉱脈」といっているのです。

その鉱脈を更に掘り進めるという事がどういうことか?
いろいろなことが考えられるだろう。

ハッキリしている事は「今までの経験を活かす」ということではなかろうか。


posted by 伊藤保徳 at 08:44| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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