2013年12月16日

平和主義って?

最近のマスコミの論調は、「反政府」的である。

原発問題、特別秘密法問題など、多くのマスコミは政府意向に対する「反対大合唱」である。

反対は反対で認める事は大切だが、マスコミの報道により、そのことだけを信じてエスカレートする人もでてきており、これは問題である。
マスコミは、自身としての「思想」を出すのではなく、事実もとづく公平な報道が望まれる。

原発や秘密法など、「国民のほとんどが反対」という報道だが、本当にそうなのか疑問が残る。
むしろマスコミが必要以上に騒いでいるという感すらする。

それは、賛成派の意見や、そもそもそのことの根本の紹介が殆んどないからである。
仮に賛成が少数としても、尊重してしかるべきである。

その「そもそも」というのに「平和主義」というものがある。
「平和、平和」と叫んでいれば正義だと思っている人もいる。
これから議論されるであろう、集団的自衛権の行使とか、憲法の改正などで「平和主義」という言葉が必ずでてくるだろう。

これを考える上で参考になる意見が新聞にあった。
産経新聞11月26日号、「世界のかたち 日本のかたち」欄で、大阪大、坂元一哉教授が意見を述べていた。
『平和主義、見直すべき時』というものだ。

《憲法が成立した当初、憲法の平和主義といえば、日本が軍事力を持たないことを意味していた。》
それはそれで正しい。
《だが、いまの日本は、毎年5兆円弱の予算を使用する世界有数の軍事組織を持つ国家なのである。
憲法の平和主義が現在も守られているとしたら、それは軍事力を持たないことではなく、持っていいる軍事力の使用にきわめて抑制的な態度をとっていることをいうのだろう。》

氏は、軍事力の使用抑制に理解を示しながらも、日本の現状に疑問を呈している。
つまり・・・
《いまのように、個別的自衛権の行使はできるが、集団的自衛権の行使はだめ、という抑制のあり方はどうだろうか。
安全保障の現実から見ても、また憲法の理想からいっても、かなり問題があると思う。》

要するに軍事力をもている日本が、それを行使する場面を自国の都合だけで決めていいのか、ということだ。

やはり、「平和主義」の解釈を憲法にはっきりと明示すべきだし、国際社会の一員としての日本国の責務も十分認識すべきである。

こうした基本的な議論をオープンに進めてもらいたいものだ。
このプロセスを広く国民に知らせることにより、コンセンサスは得られるものである。

マスコミは、その役割の一端を担うべきである。

posted by 伊藤保徳 at 08:17| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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