2013年11月16日

日韓関係が心配

政治レベルと民間レベルでは大きな違いがあるが、最近のマスコミ報道を見る限り、政治レベルでの日韓関係はどんどん悪くなっているようだ。
識者の意見を聞いていると、「日本はもっと主張すべき」、という論調が多い。

こうした動きがどんどんエスカレートすれば、行き着くところまでいてしまいそうである。
故に、心配するのである。

確かに朴大統領の動きはあからさまで、自国の歴史認識こそが絶対に正しいという態度である。
最近は、「反日」というより、「嫌日」という見出しがつくほどだ。

「これほどまでに根深く、かたくなな態度を取られるとは・・・」
政府の率直な思いではなかろうか。

「ではどうすべきか?」という事になるが、安倍総理の言う「歴史問題は専門家に任せ・・・」という最初の呼びかけに耳を貸さないのだから始末が悪い。

結局は民間レベルでのスポーツや文化などの交流を中心に、双方がもう少し次元の高い所でわかり合う努力が必要ということになる。

しかし一方では、日本国内での歴史認識を一本化することも必要だ。
戦時中の不幸な出来事や領土問題など、よくよく考えてみると、我が国国内の「反日的な一部の人」によって混乱させられている気がする。

ここにも戦後の教育に原因の一つがあるようだ。
多くの国民が、自国の歴史を知らなさすぎるのだ。
そのことが、他国に付け入る隙を与えているのではなかろうか。

こう考えると、日本国や日本人は誇りを取り戻し、反日的活動に毅然として立ち向かうことが求められているような気がする。

いささか抽象的な書き込みなったが、隣国との問題は避けて通れるものでもなく、心配がゆえの考えを述べてみた。

posted by 伊藤保徳 at 09:34| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日韓関係の未来を考える上で、サムミュエル・ハンチントンの予言が気になる。1998年に出版された『文明の衝突』に次のような一節がある。

マイケル・ディブディンの小説『Dead Lagoon』(邦訳『水都に消ゆ』)に登場する扇動的なナショナリストのヴェネツィア人である。「真の敵がいない者には真の友もいない。われわれと異なる者を憎まないかぎり、われわれは現在の自分自身を愛することはできない。これは一世紀以上ものあいだ口先だけの説教を聞かされたあげくに、苦労して再発見しつつある昔からの真理なのだ。それを否定する者はみずからの家族を否定し、みずからの遺産、文化、生得の権利、そしてまさに自分たち自身を否定する者にほかならない!彼らはなまなかなことで許されないだろう」。 こうした昔からの悲しむべき真理を政治家や学者は軽視することは出来ない。アイデンティティを模索し、民族性を再構築しようとしている民族にとって、敵は不可欠なのだ。そして、潜在的にきわめて危険な敵意が世界の主要な文明の境界で高まるのである。(『文明の衝突』P20〜21)

今、日本との関係に於いて、韓国が意識的に、あるいは無意識的にやっていることはまさにこういうことではないのか。単なる政治的な戦略として歴史問題を持ち出し、日本が、無反省のまま、戦後の国際秩序を乱しているということ強調することによって、自らの政治的優位性を確保しようとしているだけではないのではないか。ハンチントンの予言の延長線上には、韓国が今の道を進めば、文明的にも経済的にも中国に呑み込まれて、古来の「中華文明」圏に還り、「日本文明」との間に「文明の断層線」を引き、両文明の衝突という危険な状況をつくり出すのではないか。
Posted by 別府愼剛 at 2013年12月08日 00:15
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