2013年10月29日

お粗末な情報発信

日中、日韓関係があまり芳しくない。
元はといえば、民主党政権下での首相の不用意な発言やおかしな外交がそうさせているといっても過言ではない。
しかし、そんなことはわが国内のことであり、国際的には日本自らが毅然とした態度で臨むべきであろう。

予てから思っていたことだが、あの大東亜戦争以後、我が国はおかしな歴史観をもつようになってしまた。
つまり、自虐的歴史観である。
「我が国日本は本当にヒドイ国だった。近隣諸国に大変な迷惑をかけた。」
こうしたことが学校教育で教えられてきた。

そして、我が国の歴史をキチンと見るということよりも。ひたすら「経済成長への道を突っ走ってきた」のである。
結果、経済大国とまでいわれるようになったものの、「自国の正しい歴史や誇り、そして素晴らしい文化までも幾つか捨ててしまった」ような気がしてならない。

原子爆弾の投下や東京裁判はが違法であたことや、中国や韓国との間でまことしやかに言われるいくつかの事件は根拠がないことなど、もっと日本の姿勢を示すべきである。
つまり、きちんとした情報を的確に発信すべきだと思う。

今朝の産経新聞に、東京大学大学院の伊藤元重教授が「お粗末な日本の情報発信」と題し、改めて『日本発のニュースや情報番組を教化すべきだ』と述べている。

NHKの海外放送は、相も変わらず「お料理番組や子供番組を流している」そうで、全くノー天気である。

教授は述べている。
『日本を標的にしたような悪意のある情報発信が世界に溢れている中で、日本の対応はあまりにもお粗末である。

専門家向け、一般国民向けなど、いろいろなレベルで戦略的な情報発信を仕掛けるという取り組みをを強化しなくてはならない。
今こそ、日本からの情報発信について、そのあるべき姿について論議を活性化しなければならない。』

全く同感である。

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2013年10月27日

偽装か誤表示か?

阪急阪神ホテルズ系列のレストランで、メニューと違う食材が使われていた問題が発覚した。
かの有名な「ザ・リッツ・カールトン大阪」でも同様の問題があった。

一流のレストランで、表示と違うものを出され、それを食した人にとって誠に腹立たしい問題だ。

その腹立たしさを、更に追い討ちをかけたのが社長らによる記者会見であった。

私もテレビで見たが・・・
「偽装があったことを認めるんですね?」という質問に、「いえ、偽装ではありません。誤表示をしてしまいました。」との返事です。

更に追求がありましたが、社長は憮然とした態度で「誤表示であった」と言い通した。

現場の社員はどんな思いでこの発言を聞いたのであろうか。
経営トップへの信頼が著しく落ちてしまったと思う。

テレビで消費者問題の専門家がコメントしていた。
「偽装であろうが、誤表示であろうが消費者を欺いたことに違いはない。会見で、偽装ではない、誤表示だと強調すればするほど経営者の責任逃れの姿勢を強く感じてしまう。偽装でもご表示でも最終責任は経営者にある」・・・と。

全くその通りであり、あの会見で「経営者の自己保身」がクローズアップされた形だ。

それにしてもである。
高級な食材を使うべきところを、値段が半分とか三分の一といった食材を使っての調理に疑問を感じなかったことなど考えられない。

お客さま不在で、「儲け第一主義」の結果であろう。

経営層からの指示なくしては発生し得ない事だと思う。
経営陣を総入れ替えでもしないと信頼の回復はむつかしいのではないだろうか。 

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2013年10月26日

社説の比較

産経新聞に「社説検証」というコーナーがあるが、毎回楽しみであり、とても勉強にもなる。
自宅での新聞購読は限られた一紙というのが一般的であり、なかなか読み比べることはできないものである。そしてそれは、購読している新聞社の考えに染まるものである。

評論家などは、全国紙術恵に目を通しているそうだが一般人はそういうわけには行かない。
だから、産経新聞のような「社説検証」という記事はありがたい。

10月24日の新聞では、「首相の靖国参拝」を取り上げていた。

首相は、8月15日には参拝されず、秋季例大祭に参拝されるかどうか注目されていた。

結果は参拝されなく、「真榊」を供物として奉納されたのである。
そして、各紙社説でこの事を取り上げたのである。

「首相と靖国参拝」を論じた主な社説
産経:やはり首相は直接参拝を        20日付
朝日:戦没者追悼/新たなあり方探る時    19日付
毎日:参拝見送りは妥当だ          18日付
読売:的外れな中韓両国の対日批判      21日付

以上のように、「産経新聞」だけが「首相参拝」を求めているが、他の三紙(朝日・毎日・読売)は「追悼施設の議論を」となっていたという。

記事を読んで思ったことは、「実に分かりやすい」ということだ。

どの記事を支持するかは個人の自由だが、一つ思ったのは、「どんなスタンスで書かれているのだろうか?」ということであり、それは新聞社の方針でもあろう。

どちらが正しいのか?という議論もナンセンスである。

ではどう読むかということだが、私は「我が国にとってどうか?」という視点が最も重要だと思っている。
「我が国にとって・・・」という「我が国日本」をどう認識しているかが問題だ。

これは絶対的な客観性など無理なことではあるが、そろそろ「自虐的な歴史観」から抜け出すべきだと思う。

読んでいる新聞記事が、「絶対に正しい」とは決して思わないようにしたいものだ。

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2013年10月24日

日本の美徳

現在、近隣二カ国からは反日的な言動が多いが世界に目を転ずると、親日的な動きも少なくない。
ただ残念なのは、多くのメディアがそうしたことを取り上げることが少ないことだ。
メディアの中には、「体制批判」と反日的な言動を一緒にしているように感じる。

そんな中にあって、産経新聞には海外のこうした動きが取り上げられている。

その一つが23日の記事である。
「千夜一夜」というコラムである。

見出しに『日本の美徳に注目』とあり、イスラム教系の啓発ページで「日本に見習うべき点」が列挙されてることの紹介である。

・日本人はイヌの散歩の際、糞をかたつけるための袋を持ち歩く。

・日本は世界でもっとも裕福な国の一つなのに、(大部分の)国民は召使を雇っていない。

・日本の学校では毎日、教師と生徒が一緒に掃除をする時間がある。

・学校に道徳の授業がある。

記事では以上の四つだけの紹介であった。
日本人ならきわめて当たり前のことで、これを「美徳」とは誰も考えていないのではなかろうか。
でもそれは、「日本の常識」だ。

そうした日本の常識が、世界に通用しないこともあるが、紹介された行為のような、「社会性・公共性」に富む態度は胸を張っていいし、これからもキチンと継承していくべきであろう。

最後に記述された文に強く共感した。
《中東での日本の存在感は、歴史的につながりが深い欧米に比べてると小さい。だが、日本をお手本にと考える人も少なくない。

誇らしいと同時に、「失望されないように襟を正さないと」とも思う。》

世界の中の日本を正しく自覚すべきである。
そのための情報提供者として、メディアにも大きな責任があるように思う。


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2013年10月23日

言葉の再確認

今朝はモーニングセミナーの当番で、「一言よく人を生かす」というテーマで話をした。

講話のテーマは任されているが、毎月一回担当であり、いつも悩むところである。
そこで、毎月購読している「致知」の特集をテーマにすることにした。
おかげで、テーマに悩むことはなくなったが、レジュメの用意をしなくてはならず「致知」を従来よりしっかり読むようになった。

そんなことで、今朝は「致知」10月号の特集である「一言よく人を生かす」というテーマにした。

内容は、「言葉は言霊というほど重要なもの」、「言葉一つで人は生かされたり、殺されたりする」、「言葉は人間だけが持っている」、などという言葉の重要性を再確認するようなものであった。

特に、「言葉」というのは、自身の意思を伝える記号(信号)でもあるが、同時に「考える道具」でもあることを強調した。
つまり、頭の中であれこれ考えるという活動は「言葉」の組み合わせであるということ。

従って、「言葉を持っているから思考ができる」ともいえる。
言葉を持たない動物は、感情表現はできるものの、「物事を考える」ことはできず、行動は全て本能の赴くままである。

折角そうした能力を授かっているのであり、「大事な言葉」をより多くもつべきである。
その、「言葉を蓄える」ことこそが、読書であったり、見聞を広めることなのである。
ただし、意識しなければ折角の「言葉」は素通りしてしまう。

あらゆることから学びとる姿勢を持つことこそが肝要である。

純粋倫理でもいっている。
「万象これわが師」と。


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2013年10月22日

歴史問題

先週、産経新聞が「河野談話」に関する記事を大々的に掲載した。

隣国韓国との関係が悪くなる一方だ。
暫く前は、「韓流ドラマ」や「旅行での往来」など、一見友好関係が深まっているような雰囲気だった。
しかし、前大統領の竹島上陸などがキッカケとなり、「従軍慰安婦問題」も表にでてくるようになった。

昨年12月誕生した安倍首相も、韓国新大統領といまだ会見が実現しないという、いささか異常な事態である。

安倍首相は、「歴史問題を政治利用すべきない」という姿勢だが、韓国は「間違った歴史認識だ!」と、かなり強硬な姿勢である。

そんな中、例の「河野談話」にたいする記事は少なからず波紋を広げるだろう。

「元慰安婦からの聞き取り調査が杜撰で、内容も信憑性に欠ける」、という談話への批判である。

歴史はその国の言い分を中心に書かれ、語られるものだ。
ごく当たり前のことだ。
従って「歴史問題を政治の場に持ち出すべきではない」、という考えになろう。

さて、その上で、「従軍慰安婦問題」をどうするかということだ。
我が国としては、学術的検討をすべきであり、その結果が明確になるまでは、「河野談話」を継承するということになろう。
事実官邸からそういうコメントが出ている。

産経新聞によれば、「河野談話」を作成した中心人物からの言述であり、自信をもっての掲載であったようだ。
河野氏は取材に応じていないようだ。
どうしてなのか理由だけでも聞きたいものである。

当時の情勢も大きく影響しえいると思うし、ご自身が「思うところ」をはっきりと述べるべきである。
だんまりが一番困る。
結局は「自己保身」であり、国益など全く考えていないと思われてしまう。

まずは談話を「見直すか否か」であろうが、何といっても真実に近づける努力は必要だ。
国民ならば当然の思いではなかろうか。
期待したい。

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2013年10月21日

叱って育てる

人をうまく育てるには、「褒めて・・・」というのが主流のようだ。
しかし、全てに当てはまる訳ではなく、年代での違いや「叱ること」とのバランスなども考える必要があり、唯一絶対などというものは存在しないだろう。

昨日の(10月20日)の産経新聞に、西舘好子さん(日本子守唄協会理事長)が「叱ることのたいせつさ」と題した一文を寄せていた。

要は、最近の若いお母さんに対する苦言である。
「子供第一」ということを勘違いし、「過保護と盲愛」で接しているというのだ。

つまり、「叱ることをしない」というのである。

現状をこのように説明している。
《子供を叱る母親がめっぽう少ない。
叱ることができないというべきか、騒ごうがわめこうが走り回ろうが迷惑と不快な思いをするのは他人サマで当の親は平気の平左、スマホやおしゃべりに夢中だ。

注意すれば謝る前にこちらがにらまれる。》・・・と。

全くその通りだ。

更に・・・
《かわいいかわいい、この子はおねしょもしない良い子と育てた結果5年生になってもオムツがとれない子、万引常習、いじめの首謀者、精神の不安定や引きこもり、薬物・・・現代の子供事情の「負」の原因には、親にしっかり叱られていないという共通点がある。》

いうなれば、「躾のこと」である。

そして最後には、
《昔のように他人の子でも、親がいやな顔をしても、駄目は駄目と叱り、よいことはほめる、そんな大人に日本中の誰もがなればそれこそ、国の宝として子どもは育つのではないだろうか。》

昔のようになるには難しいと思う。
しかし、「地域で子供を育てる」ということは昨今意識され始めている。

少子高齢化社会というのは、地域の高齢者が「地域の子供を育てる」ことに深く関わる社会のことかもしれない。


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2013年10月20日

ディズニー値上げ

昨日の新聞に「ディズニー4月値上げ」という記事があった。

来年4月に消費税が現行の5%から3%引き上げられ、8%になる。
丁度一年ほど前、当時の野田政権が言い出しそれを引き継ぐ形で「来年4月から消費税8%」が決まった。

今のところ増税のための準備が着々と進められつつある。
それは、徴収する側も納税する側も同じことである。
問題は「消費税アップの3%」を従来の売価に乗せられるかどうかである。

この機に「値上げを!」という企業もあると思うが、売価は「相手があってのこと」であり、簡単にはできないことである。

そうした事情を承知した上で「ディズニー4月値上げ」、という発表を見るとうらやましい限りである。

不況になれば「遊興費」は一番に抑えられるものだが「東京ディズニー」は別格だ。

記事によれば、本年度(13年4月〜14年3月)の入場者数は、当初見込みに比べ、3百万人増の3千70万人になるという。
過去最高の入場者数とのことだ。
14年3月期の連結決算の業績予想は、売上高で4千603億円(当初予算より466億円増)、純利益は662億円へと上方修正をしたという。

新料金は4月からの適用で、それまでの前売りは適用外とのこと。
きっと値上げ前の「駆け込み予約」があり、業績にも貢献することだろう。

70%がリピート客という。
それを維持するための並々ならぬ努力があってこそのことだろう。

うらやましがらずに、「ディズニーの経営」から多くを学ぶべきであろう。
異業種だからこそヒントは一杯ある。


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2013年10月18日

視察旅行

今日と明日、瀬戸市内のお客様と視察旅行にでかける。
お客様は販売代理店の経営者の方々で、もう30年くらい続いている「会」である。

年に一回の旅行であるが、海外と国内と交互に行なっており、今年は国内である。

視察先は、河村電器水俣工場のメガソーラー発電所である。
今年2月に稼動を始めた発電所である。

今、電気設備業界ではこの太陽光発電所建設で盛況である。
まだまだ続くようだ。

さて、今日の視察でどんなことを感じられるのだろうか。
仕事で発電所設備の資材は扱われているものの、実際の設備をご覧になるのは初めてだという方もおられるとのこと。
きっと幅広い感想が聞けることであろう。

水俣の発電所の売りは、隣りにあるショールームである。
太陽光から電気がつくられる原理や仕組み、街中での太陽光発電やその利用など、子供らにも理解できるような説明をしている。
地域の小中学生に利用してもらいたいとの思いで開設した施設である。

旅行なので、食事や小さな観光も楽しみだ。

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2013年10月17日

議論すべきこと

先月から新しい役目をいただき、二回会議を行なったが、どうもうまくいかない。
二回目の会議は昨晩あった。

愛知県下に多くの倫理法人会があるが、それを地区別にまとめて運営がされている。
具体的には、「尾張地区」というのがありそこに、7つの倫理法人会が属している。
その「尾張地区」として、毎月一回「地区役員会を」を開催する事になっている。

私は「副地区長」という役目をいただき、会議の進行役をしているが昨日の2回目を含め、どうも議論すべきことがズレているように感じている。

具体的な事例を一つ。
「尾張地区」でホームページを立ち上げようという案件があった。

本来は「開設する目的と期待効果」、それに「コストパフォーマンス」を勘案し、その是非を検討したかった。
しかし、「目的と期待効果」というより、その内容に質問が集中、本来議論すべきこととは程遠いものになってしまた。

出席者はそれぞれの法人会代表であり、発言は尊重しなければならない。
しかし、発言の内容は本題とは違ったものであった。

何故そうなるかを考えてみた。

結局は「自身の立場認識」の違いであろう。

「会の代表であるとともに、尾張地区や愛知県の考え方をベースに物事を考える人」
「会の代表という認識はあるが、自会の都合や、自分の都合を優先する人」
「自己本位の興味だけで発言する人」
などなどさまざまである。

従って、「議論すべきこと」、つまり論点を明確にし、「賛否とその理由」を述べてもらうようにするしかないのかもしれない。
一つのテーマで討論するのが理想だが、まずは、同じ土俵で「意見を述べる」ことから初めたほうがいいと思っている。

地区長に提案してみるつもりだ。


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2013年10月16日

日本は先進国か?

「日本は先進国か?」
今朝の中日新聞文化欄にあった見出しである。

記事を読み「なるほど!」と思えることが多く紹介する。

文化欄の「時のおもり」というコーナーにあった、中村桂子氏(JT生命誌研究館館長)の意見である。

2020年東京オリンピックの開催が決定した。
「先進国での開催」であり、一つも二つも違わなければいけないというのがマスコミなどの論調だ。
中村氏もそう思っていたが、ふと「先進国って何?」とか、「日本は本当に先進国なの?」という疑問を持ち、自身の「先進国定義」を示している。

そして、その定義に沿うと「日本は先進国ではないのでは?」という問題提起をしている。

私自身、「日本は先進国だ」、と何となく思っていたが、中村氏のように「定義」を持っているわけではない。更には、深く考えたこともないのである。
したがってとても新鮮な意見だと思った。

さえ、その定義だが、以下の通りである。
(中村氏は「私なりの先進国の最低条件」だと述べている。)

・一極集中でないこと。
・食料自給率が高いこと。
・コミュニティースポーツや文化が確立していること。
・町並みが美しいこと。(歴史・文化を踏まえて)

これら一つ一つ、今の日本には当てはならないとしている。

書きながら思うのは、「これは国づくりの目標」ではないかということだ。

大東亜戦争に負けた後、「経済最優先」で国づくりが進められてきた。それは、文化よりも文明を優先する社会であり、何事にも「効率」を求められてきた。

思えば、国家を「人々が住まう所」としてのあるべき環境はあとまわしで、「国家イコール国力」、そしてそれにより、経済力優先の国家戦略が展開されてきた様に思う。

「人が生活する」という大事な視点が後回しになっていたように思う。
こういう点をもっと欧米から学ぶべきであろう。

中村氏の言う4つの最低条件。
これからの国づくりに極めて重要な「項目」であると思うが・・・。

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2013年10月15日

考えるべきこと

思えば、考えなくてはいけないことばかりである。
正確に言えば、「考え直すべきこと」かもしれない。

人は太古の昔から「現実を憂い」常に自問自答してきたのかもしれない。

何も難しいことをいうつもりはない。
子供のことの体験したことで、今の子供たちにも是非体験させたいと思うこと。
今の子供たちの置かれた環境で、「社会」とか「公」という視点の欠けた言動は?
といったことを見つめ直すということだ。

だが、なかなか難しいものである。

思いつたことを羅列するだけない数多くでるだろう。
しかしそれでことは解決するだろうか。

自身もモヤモヤしていた。

そんな中、こんな言葉を見つけた。
『絶えたるを継ぎ 廃れたるを興す』

この言葉は「太平記」にでて来るそうだが、どんな場面で誰が言った言葉なのかは全く知らない。
しかしこの言葉に出会った時、直観的に《『考えるべきこと』、というのはこういうことだ!》と感じた。

つまり、なんとなく現実を憂うのではなく、「絶えてしまったのは何か、それは問題か?」「問題ならば継げば良い。方法は?」

「廃れてしまったものは何か、それは問題か?」「問題ならば、興せ(復活)ば良い。方法は?」

これが今の大人たちが考えるべきことではなかろうか。


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2013年10月14日

SNSの世界

SNSの利用者は増大の一途を辿っているようだ、
とても便利なものだが、とんでもない事件に発展することも多いようである。

軽はずみな投稿で回顧されるような事態に発展したり、SNSで知り合い交際に発展、それがこじれて殺人事件になってしまったことなど、SNSに関わる事件が報じられている。

昨日(9月13日)の産経新聞『解答乱麻』で、ジャーナリストの細川珠生さんが取り上げていた。
私と同じ意見であり紹介する。

彼女はSNSと次のようなスタンスで付き合っている。
《私も一応時代の波に乗り遅れないようにという程度の思いでわずかながら利用し始めたものの、あまり魅力的ではない世界だと気づいた。

多少なりとも公共的に役立つときのみに、使ってみるのも一手段と考えるようにしている。》・・・と。

私も殆んど同じである。
まず、ツイッターはやってません。利用しているのはフェイスブックだけだ。
強く勧めてくれた人がいたからだ。

一日で数回、以前からの知り合いの投稿ばかり見ている。
次にあった時、電話で話した時の話題にする程度だ。

ただ、仲間との連絡やイベントなどの告知にはとても便利なので利用している。

さて、記事では「人間関係の勘違い」という点を指摘、もっとよく考えるべきだとしている。

《なぜ、私にとって魅力がないといえば、そこで繰り広げられる人間関係が、とても希薄に思えてならないからだ。
利点もあることは百も承知だ。

しかし、相手の顔も見なければ声も聞かない中で繰り広げられる「会話」で、人と「つながっている」と思うこと、あるいは「友達がたくさんいる」と思うことはある種の「勘違い」と思わざるを得ない。》

結局は、SNSの世界と現実の世界とは全く違うにもかかわらず、頭の中で一緒にしてしまうのは問題だし、危険である。

つまり、SNSの便利さと手軽さは「軽さ」「薄っぺらさ」に通じ、それを現実だと思ってしまったときに不幸なことが起きるのであろう。

彼女は、「真正面から向き合う大切さ」を主張しており、その意図はよくわかる。

ただ、もう少し踏み込んで、「勘違いを起こす人たちを生んだ原因」までも言及して欲しかった。


posted by 伊藤保徳 at 08:50| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

組織の運営

倫理法人会という組織がある。
一般社団法人の倫理研究所の傘下に、全国都道府県、区市町村という単位で法人会が組織され、純粋倫理の実践と普及活動を行なっている。

まずは50社(法人)の会員で「準倫理法人会」として発足、会員100社として正式な倫理法人会として認可されてスタートする事になる。

具体的な活動内容は「準」と「正」とで変わるものではなく、連続的に活動をしながら会員拡大をしていくという仕組みである。
こういう全国的に組織された団体を多く知っているわけではないが、この倫理法人会は「特に形」を重要視している。つまり、「形から入り、心を向上させる」という狙いがあるようだ。

さて、組織の共通的な課題は「活性化させ、会員数の維持拡大」という事になろう。

「活性化」とか「普及促進」の管理項目として、常に「会員数」が意識され、結果として「常に会員拡大」という活動になる。
とはいえ、根本はその組織の活性度であり、そういう組織運営が望まれている。

今年度(9月からが新年度)から、自身の所属する瀬戸・旭倫理法人会の役員(副会長)のほかに、尾張地区の副地区長も担当する事になった。
したがって、愛知県下尾張地区の7つの法人会の運営支援をもすることになった。

まだ始まったばかりであるが、とても勉強になる。

7つの法人会の内、会員100社以上を維持しているのは4つ。
残りの3つは、100社未満で早く100社を突破することが急務である。

7つの法人会の会長や幹部の人たちとの会合を9月実施した。
その中で、毎週行なわれているモーニングセミナーの「講師」を誰がどのように決めているかということが話題になり、7つの法人会それぞれに聞いてみた。

その手順は二分され、100社以上と未満とではっきり分かれた。
つまり、手順を進める中でいかに多くの会員が関わっているか否かである。

多くのメンバーが関わっている会は「情報や価値観が共有されている」と感じる。

つまり、活性化した組織というのは、構成員が目標の共有だけでなく、プロセス(手順)や意思決定基準なども共有されているようだ。

組織運営のようなものほど「価値観の共有」が必要だと感じる。
企業の組織運営と何ら変わる事ではない。


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2013年10月11日

土曜日授業

先月、東京で開催された『致知・創刊35周年記念パーティー』で、下村文部科学大臣が挨拶で「土曜日授業」のことに触れられた。

来年4月からは全国6千校で「土曜日授業」を行なう予算化をするというものだった。

子供たちの学力低下について「ゆとり教育」の反省もあり、土曜日授業の復活が叫ばれている。
私自身も大賛成だが、一旦休日にしてしまったものを戻すというのはなかなか大変なようだ。

10月9日付の産経新聞に「土曜授業 実施1割未満」という記事があった。

平成24年度に土曜授業を実施した公立小中高校の調査結果であった。
それによれば、市区町村教育委員会からも否定的な意見が多かったようだ。

教育委員会で「土曜授業は必要」と回答したのが11%だったのに対し、「必要でない」との回答は30%にのぼっている。
そしてその理由として・・・
@教員の勤務体制の調整が困難
A部活動の日程との調整が困難
B地域の教育活動との調整が困難
とあった。

学校とか教員の事情ばかりで、「子供たちのために・・・」という視点が全く欠けているように思う。
実に閉鎖的である。

でも少数ながら実施した学校もある。
(全国で1801校ある。全体の8.8%)
こうした学校は工夫がされている。

記事では次のような紹介がしてあった。
《一方、土曜授業を実施した小中学校の9割は、保護者や地域住民への公開授業として活用していた。

外部から有識者を招いて道徳や総合的な学習をするケースも多く、文科省は「開かれた学校づくりに有効に活用している」と分析。
これまで一定の制限があった土曜授業について、学校教育法施行規則を改正し、自治体の主体的な判断で実施できるようにすることにしている。》

地域に開かれた学校であって欲しいし、もっと地域の人たちを活用するべきだ。

大臣の言われた「土曜授業実施6000校」というのが早く実現できたらいい。

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2013年10月10日

創業の原点

我が社河村電器は、今年で創業94年である。
間もなく100年となり、いわゆる長寿企業の仲間入りをする事になる。

昨日、小牧市にある日本ガイシを訪ねたが、目的は「碍子博物館」の見学である。

約束の時間に訪問、会議してで会社の概要などの説明を受けた。

始めて知ったことだが、日本ガイシは「森村組」からの分離独立会社で、その創立が我が社と同じ1919年であった。

ふと頭をよぎったのは、我が社の創業も「碍子」であったということだ。

日本ガイシの現在の事業は「セラミックス関係」が約半分、残りが「電力関連」と「エレクトロニクス」で半分づつの構成だそうだ。
やはり事業のベースは「磁器製造」である。

我が社の場合、碍子からスタートであった。
第二次世界大戦後も瀬戸という立地を生かし「磁器製造」に邁進、大きな設備投資も行なった。
しかし大きな転機が訪れた。
「樹脂」の登場である。
いうなれば材料革命である。

日本ガイシの取り扱う碍子は「送電用」とか「変電所用」という、いわゆる高電圧のものである。
しかし我が社が取り扱っていたものは、低圧用が中心であった。
建物内で使われる低圧用というのは、碍子はもとより、磁器製の配線器具などは「安くて、寸法精度が高い樹脂成型」にとって代わられた。

大きな業界の変化であった。

それにうまく乗れた企業もあればそうでない企業もある。

そうした事業の変化を顧みるとき、やはり重要なのは「創業の原点」である。

創業者がどんな思いで事業を始めたのかを後輩の我らは常に思っていなければならない。
ともすれば、今のことで精一杯になるが、忘れてはならないことである。

さて、日本ガイシの「碍子博物館」であるが、一般には非公開である。

無理を言って見せてもらったが、この博物館こそが「日本ガイシ創業の原点」だと思った。
先進国のアメリカに学び、それに工夫を加え、発展成長されてきた。

創業間もない頃の製品を見て、感じることはそれぞれかもしれない。
しかし、長い歴史の中に製品の変化をみる時、それは「モノづくり」にとって多くのヒントがあるようだ。

歴史に学ぶとは、創業の原点を辿ることだと強く感じた。
我が社もそうあり有りたい。


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2013年10月08日

職業奉仕ー2

先日、「職業奉仕」について書いた。
ロータリークラブの活動理念であるが、日本人の持っている「勤労精神」によく似てると思っている。

「勤労精神」といえば、二宮尊徳を思い浮かべるが、日本人の美徳の一つだといえる。

私自身、「職業」とか、「働く」ということが人生にとって極めて重要なことだと思っている。
単に、「生きるために生活の糧を・・・」という気持ちではなく、生きることとイコールだと考えている。

今までの人生を振り返ってみて、「働きながら育ってきた」といえる。
いや、育ててもらったという方が正確である。
「働いていなかったら」、「職業についていなかったら」今の自分はなかったといえる。

そんな思いから、ロータリークラブの会報(「ロータリーの友」)から、「私の考える職業奉仕」という投稿から紹介したい。

九州壱岐で焼酎製造に携わっておられるロータリアンが、日本人の職業観を紹介している。

《イギリス人女性イザベラ・バードは『日本奥地紀行』で、行く先々で美しく耕作された田畑に、『草ぼうぼうの《なまけ者の畑》は、日本には存在しない』と、農民の仕事ぶりを讃え、供をした馬子についても褒めている。

『昨日のことでだったが、革帯が一つ紛失していた。もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。
彼にその骨折り賃として何銭かあげようとしたが、彼は、旅の終わりまで無事届けるのが当然の責任だ、といって、どうしてもお金を受け取らなかった。。

彼らは礼儀正しく、やさしくて勤勉で、ひどい罪悪を犯すようなことは全くない。』と記しています。

私はまさに職業奉仕の高潔性と倫理の規範である「四つのテスト」の原点を見た思いで、日本人としてまた壱岐焼酎に対しての誇りをもって更に職業意識を高めたいと感じました。》

私もこの文を見て同じ思いをもちました。

日本人の持っている「職業意識」こそがロータリーでいうところの「職業奉仕」とおなじ価値観といえよう。

posted by 伊藤保徳 at 09:04| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

変わらぬもの

伊勢神宮の式年遷宮が概ね終了したようだ。
詳しいことは知らないが、今回の遷宮はメディアがことの外大きく取り上げたと思う。

私自身も先年伊勢神宮を参拝し、詳しく説明を受けてから興味は深まるばかりである。

式年遷宮の数多くの行事はいろいろ紹介され、その意義や意味についても解説されている。

その中の一つ、今日の産経新聞に《「変わらぬもの」の大切さを》と題した一文があった。
こんなことが述べられている。
《伊勢神宮の式年遷宮は、持統天皇4(690)年に内宮で初めて行なわれた。社殿から装束、神宝まで、そっくり新しく造り替える一大イベントが、1300年以上にわたって続けられているわけだ。

私たちの日常の暮らしでは、壊れたり傷んだりしたものは修理して、できるだけ長く使うのが美徳である。費用と手間のかかる「完璧な造替」(ぞうたい)をなぜ、あえて繰り返すのだろう。

世の中は移り変わり、さまざまな形で新保、発展していく。古いものは打ち捨てられ、人々の欲望を満たすっライフスタイルが登場する。

しかし一方で、「変わらないもの」や「変わってはならないもの」も、確かに存在するのだ。

人智を超えた力を畏れる心はもいろん、親子や夫婦の情愛、礼儀や信義、歴史や伝統を大切にすることもそうだろう。》(以下略)

私は式年遷宮の数々の行事が、現代人に「変えてはならないものを見つめなさい」、といっているように思える。
それほどまでに現代人は「変えてはならない縦の系列」を捨ててしまっている。
「縦の系列」とは、我が国ができた「建国の経緯」であり、家庭にあっては「先祖代々の系譜」である。
勿論、「企業」にだってある。

これらの経緯や系譜を正しく認識し、その大恩に感謝しながらの暮らしをすべきであろう。

これらに見向きもしない人の多いことか。

この原因は、大東亜戦争後の「歴史観」を大きく変えられたことにあるとおもう。

私は、我が国の歴史教育をやり直す必要を感じている。
歴史教育は、「縦の系列を知る第一歩」である。
お伊勢さんもそういってるように思うが・・・。


posted by 伊藤保徳 at 08:27| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

影響を受けた言葉

昨日土曜日は瀬戸木鶏クラブの定例会だった。

先週開催したクラブ設立5周年の大イベントも終了、少し力が抜けた状態での出席だった。

いつもより少ない出席でしたが、その中に新しい仲間もいて、積極的な意見交換ができた。

「致知」10月号の特集は「一言よく人を生かす」であり、「人生を変えた言葉」や「座右の銘」などについて話し合った。

私は、「我以外皆師なり」というのが座右の銘だが、この言葉を意識したのは20代後半のことだった。
その頃の話を披露した。

会社の様子がだいぶわかった頃のことだった。
時の総務担当常務と話しをする機会があった。
その常務は、大変な読書家であり高い教養の持ち主であった。
会社が株式会社に改組したころ、経営理念や行動指針の草案を作られた人でもあった。

その常務が私に言われた言葉は・・・
《伊藤君、人生いろいろ勉強してきたが最近やっとわかったことがある。それは世の中には知らないことが沢山ある、ということだ》と。

《そうなんだ、これほど勉強してる人でもそういう謙虚な気持ちをもっている。》
これがその時の感想であった。

ほどなくして先ほどの「我以外皆師なり》という言葉に出会った。

以来、傲慢になりがちな自分を戒め、謙虚に学ぶように心がけるようになった。

人それぞれに影響を受けた言葉というものはあるものだ。

その影響を及ぼす先人の言葉を数多くしり、自身の啓発にいかそうというのが「木鶏クラブ」での学びでもある。

posted by 伊藤保徳 at 05:33| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

職業奉仕

私は今、瀬戸北ロータリークラブに所属している。
入会のキッカケは強く勧める人があったからで、ロータリーの理念などは知らずに入会をさせたもらった。

入会後、特別に指導を受けたわけではないが、周りの先輩達の話を聞きながら自然に、「ロータリーとは・・・」というものがわかってくる。

私がロータリーが目指しているものの中で最も強く共感しているのが「職業奉仕」という考え方だ。

一年の中で、それぞれの月を「〇〇月間」とし、特にそのことを意識し行動しようとしている。
今月10月は「職業奉仕月間」である。

「ロータリーの友」というクラブ会報には当然のことながら、この「職業奉仕」のことが取り上げてあった。

「私が考える職業奉仕」という欄に、全国から寄せられた投稿の内、19人の主張が掲載されていた。
誠に興味深い。

代表的なものは・・・
・職業奉仕とは、高い倫理観に支えられた事業方法。
・ロータリーは、奉仕する心を持って職業を営むべし。
・顧客や地域社会の期待に応えられる存在価値のある企業、長期にわたって存続する強靭な企業など、これらに向って努力することこそ職業奉仕の原点。

いわば、職業に対する「価値観」である。
それが、「私利私欲」ではなく、世のため人のためを思い、それを実践することこそが「職業奉仕」といえよう。

この価値観は万国共通だろうが、日本の方が一歩か半歩、先にいってるような気がする。

日本がこれから世界をリードするとすれば、こうした「倫理観」ではなかろうか。

「職業の倫理」「経営の倫理」
これらが求められる時代がすぐそこまで来ていると思う。

posted by 伊藤保徳 at 08:01| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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