2013年06月30日

いかがなものか

今朝の産経新聞(大阪版)第一面。「産経抄」を読んで些か驚いた。

内容は、鹿児島県が、中国東方航空の上海ー鹿児島便存続のため、県の職員を3泊4日の上海研修旅行を計画したというもの。
鹿児島の生んだ英雄、西郷隆盛の「南洲翁遺訓」にある言葉を引用し、痛烈に批判している。

その言葉は財政について、『入るを量りて出づるを制するの外更に他の術数無し』と、官の無駄遣いを厳しく戒めている。
鹿児島県知事は「あまりお読みになっていないようだ」と、皮肉っていた。

率直に「いかがなものか」、と思った。

外の新聞(中日新聞)では見なかったこのニュース、産経では社会面でも取り上げていた。

当初(5月末に公表)は、3泊4日で職員千人を派遣する計画で、その費用総額は1億1800万円かかるとされていた。この費用には、国の要請による職員給与の削減分を充てるとしていた。しかし、県民や議会の批判を受け、一旦撤回、規模を縮小して再提案された。

その内容は、300人で3400万円で、29日未明に賛成多数で可決したとのことだ。

知事は、批判されたことを「金額が多い」ためだと思ってるんでしょう。
「研修旅行そのもの」が批判されているということ感じないだろうか。
どうして官が、外国の(しかも中国の)航空会社のことを心配し、支援することの合理的な理由がないのではなかろうか?

知事をはじめ、県の管理者達はもっと熟考すべきだ。

マスコミも、こういうことこそとりあげ、国民的話題にすべきだと思う。

posted by 伊藤保徳 at 09:39| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

原点にかえる

一昨日、瀬戸市倫理法人会主催のイブニングセミナーが開催された。
過去何度もセミナーを開催しているが、今回はDVD映画鑑賞を主体に、私が少しばかりお話をするという内容で、初めての試みだった。

44〜5名の出席があったが、会員ではない人たちが半数近くを占めた。
出席者の多くから、「ためになった!」との感想をもらい、「原点にかえる事の重要性」を改めて感じた。

映画は、今から20年以上前に製作された「てんびんの詩」というもの。
近江商人の「商売の原点」ともいえる内容である。

近江の大店「近藤商店の三代目」が、小学校を卒業した翌日から「てんびん棒になべぶた」を下げて行商に出かける話。
時は大正時代である。

最初は親戚縁者などのツテを頼って出かける。
愛想笑いなど、大人の商人の態度を真似る。
果ては嘘をついて売り込む・・・というような経緯がある。
勿論、一枚のなべぶたも売れない。

その経緯の中で、母親や祖母からいろいろ注意をされたり、アドバイスを受けたりする。
父親からも、「商売もてんびん棒も同じ、お客さんとこちらの気持ちがひとつにならねば・・・つまりバランスが取れて初めて商いができる」、というような「考え方」も示される。

なべぶたが一枚も売れずに三ヶ月ほど経った時、とある小川の洗い場で、鍋や釜、そしてなべぶたが置いてあるのを見つける。
そのなべぶたが「全部流れてしまったら売れるのに・・・」と思ったりするが、我に返り汚れていたそれらを洗い出す。

やがて、その鍋や釜の持ち主が現われその様をとがめるが、少年は率直に自身の思いを語り、同時に「汚れを落としてあげたい!」と考え洗っていたことを話す。

鍋釜の持ち主に、少年の気持ちが伝わり、「初めてなべぶたが売れる」。

こんなストーリーだ。

映画が終わり、20分ほどの時間で、「商売の原点」これは、人としての社会生活においても共通していることだという所見を話した。
人と人との関わりのあるべき姿は「相手を思いやる」、ということも。

出席者には年輩者も若い人(30代前半)もいたが、共感された姿は同じだった。

こういう催しこそ倫理法人会に合っていると思った。


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2013年06月27日

景観保全

富士山が世界文化遺産に登録された。
聞けば、20年越しの念願だったようで、関係者の喜びはひとしおだと思う。
日本人として、とても喜ばしく誇らしく思う。

ただ一方で、景観保全という大きな課題があり、今後真剣に取り組む必要があろう。
平成28年までに、来訪者対策などを盛り込んだ報告書の提出が求められているようだ。

マスコミの報道を見るに付け、この「環境保全」にたいする問題認識は実に低いと感じる。

入山制限をするとか、その一つとして「入山料」を徴収するとか、なにか小手先のことしか報じられておらず問題である。
本当に報道通りだとすれば、極めて問題だと思う。

富士山を霊山とし、信仰対象にしているという解説もあれば、観光地としての富士山、という面もある。
一体どちらなのか。
今回の「文化遺産登録」を機に、「富士山の文化遺産的意味」を明らかにすべきであろう。
その上で、景観保全の諸施策を検討すべきである。

「入山制限」や「入山料」の問題ではない。

素人考えであるが、「文化遺産を保全する法人」を設立し、保全と管理をすべきだと思っている。
そしてその費用は、「利用者」(富士山でいえば、入山者や関連グッズの製造販売者など)から「利用料」として徴収すべきだと思う。
天下り場所となる可能性もあるが、それは「利用者」がキチンと監視をしたらいい。

戦後教育で、「自分の権利ばかりを主張する国民」が増えたが、こうした世界規模の仕組みの中で日本の資源をみた時、「権利の前に義務のあることを教える機会」でもある。

いつまでも、美しくあり、気持ちを支えてくれる霊峰富士であって欲しい。



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2013年06月26日

伝え方

サッカーの日本代表がワールドカップ出場を決めた当日、東京渋谷の交差点で、機転をきかせた警察官が警視総監賞が授与された。
街頭整理の警察官に与えられたのは初めてのことだそうだ。
マスコミでも、「DJポリス」と賞賛されている。

6月24日の中日新聞でも、この関連から『伝え方』という記事があった。

つまり、日常生活においてキチンと自分の気持ちを伝えることは重要であるということ。
しからば、どのように伝えたらいいのか・・・。
そんな内容の記事であった。

なにかをお願いするときに、どうやって相手に「イエス」といってもらうかを解説した本(『伝え方が9割』ダイヤモンド社)の著者(佐々木圭一氏)が、「DJポリス」の効果的な伝え方を分析している。

《お願いするときには、
@自分の思いをそのまま言わない。
A相手の気持ちを想像する。
B相手のメリットになるお願いの仕方、の三つのステップが重要という。》

例えば・・・
《お願いに対して「イエス」と言わせるには、相手の「好きなこと」が有効。
DJポリスは、「通行中の皆さん」ではなく、「十二番目の選手であサポーターの皆さん」と、再三呼びかけた。

それはサポーターにとっては嬉しい呼びかけ。
その上で、「『日本代表はフェアプレーで有名。皆さんもルールとマナーを守ってください』とお願いすれば人は動く』と佐々木さんは言う。》

なるほど、よくわかる解説である。

更に・・・
《興奮気味のサポーターは羽目を外しがちで、警官は監視する立場だが、その違いを乗り越えて「怖い顔のお巡りさんも実は喜んでいる。皆さんと同じ気持ち」と仲間意識を強調した。

「お巡りさんの言うことを聞きなさい」とは言わずに、「お巡りさんもチームメート。チームメートの言うことに耳を傾けてください」と、その場の全員を仲間にした。それも、混乱を防いだ大きな要因という。》(以下略)

つまり、これらは「サポーター言語」だという。

これは一つのヒントである。

「受け入れやすい言葉」「相手のメリットに」「仲間意識を強調」

今後、意識したい事柄である。


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2013年06月24日

マスコミの論調

産経新聞は今年創刊80周年とのことだ。
私は「新聞ファン」だが、数年前から購読している新聞の論調に、すこし疑問を感じていた。
そこで各紙を読んでみて、自身の考え方に近いと思った産経新聞を購読することにした。

自宅に毎日配達されるのは「大阪版」であり、スポーツニュースなど一日遅れのニュースもあるが、それにもまして「正論」を始めとし、日本の歴史、天皇陛下のご動静、教育面など、大いに参考にしている。

さて、6月21日号に、森喜朗元首相の「創刊80周年」に寄せたメッセージが掲載されていた。
昭和35年に産経新聞に入社されたが、希望の政治部には配属されず「日本工業新聞(現フジサンケイビジネスアイ)」で3年間記者生活を送られたようだ。

当時の思い出を次のように語っておられる。
《先輩からは「デスクは原稿を後ろから削っていくから、記事は書きたいことから書いていけ」と教わった。政治の演説もそう。
外国の要人と話すときもまず結論からしゃべるということは記者時代に培ったのは僕の財産だ。》

それともう一つ。
産経新聞の『正論』について、賞賛の言葉が寄せられている。

《あの頃は冷戦時代で学者も評論家も朝日新聞に掲載してもらわなければ評価されない時代だった。
それを産経が「正論」を始めることによって大きく変えた。

当たり前のことを当たり前のように言う。
「大様は裸なんだ。裸といって何が悪いんだ」と。
これは産経のヒットだったし、産経が日本のマスコミの論調を大きく変えたと思う。》(以下略)

この森氏のメッセージを読み納得した。

「正論」では、いろんな識者がそれぞれの立場で意見を述べられている。
読んで感じるのは、「まさしく正論だ!」ということだ。

そういう感覚を持っていろいろなメディアを見てみると、何か「意図」を感じる。
それは、私だけの感覚ではないと思う。

そもそも「右よりとか左だ」とかいうが、右も左もない。
何が「正しいのか」が大切だ。

その、根本にあるのが「人間にとって何が正しいのか?」ということと、「わが国日本にとって何が正しいのか?」という事ではなかろうか。
私はそう考えている。


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2013年06月23日

心の病

今日の産経新聞(大阪)で、心の病の労災認定について報じていた。
平成24年度の実績が、475人と過去最高となったそうだ。
前年から、150人の増だという。

不幸にも「心の病」になってしまった人はもとより、職場や会社にとってもとても残念なことだ。

いち早く原因を突き止め、再発防止策を打ちたいところだが、それがなかなか出来ずにいるのが実態のような気がする。
とても難しいと思えるのは、「原因がなかなか特定できない」ということだ。
つまり、原因がはっきりしない以上対策の考えようがないというわけだ。

しかし、会社が手をこまねいている訳ではない。

何とかしよう。何とかしなければ・・・。
現場担当者の苦悩が目に浮かぶ。
相当のストレスだろう。

やはりここは「予防」「対症」「治療」「ケア」などの段階別に整理して「現象と対処法」などを研究することが必要であろう。
それは、「安全衛生担当部署の仕事」ではなく、会社として「全社員」の心得として持つべきである。

「原因が特定できない」、というのは言葉のアヤで、実は「事象ごとに原因が違う」という事ではなかろうか。
そうだとすれば、社員の数だけ可能性があり、対策も同様である。
こう考えると、「担当制」というような組織合理性からアプローチは出来ず、「あなたの・・・」という究極の個人尊重ということになり、一種の「家族のような労務管理」という発想をしないと対応できない。

日本型経営の一番の特長は「人財第一主義」であろう。

この特長を更に強いものにするためにも、社員の健康管理に十分配慮し、「活き活きと働く」ことが出来、仕事を通じて自身の成長ややりがいを感じられるような環境を作り出すべきだと思う。



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2013年06月22日

日の丸体質

「親方日の丸」という言葉。
昔はよく使われていたと思うが、国鉄の民営化などにより久しく使われなくなったようだ。

「親方日の丸」とは、国営あるいは国営並みの企業のことで、「まずつぶれることはない!」のである。

産経新聞の6月21日号に、『日航「日の丸体質」に批判』という記事があった。

偶然ながら、昨日瀬戸市倫理法人会主催の「瀬戸人財塾」の今期最終回を開催し、人物研究として稲盛和夫氏を取り上げた。
氏の最近の功績として、日航のV字回復があり、新社長の植木氏のことも触れた。
「致知」4月号のトップ記事で取り上げてもあり、「稲盛氏の指導で、大きく意識改革がなされた」、という説明をした。
それが、再上場後初の株主総会で「親方日の丸体質が消えてない!」という声が漏れたそうだ。

具体的には二つ。

一つは、総会の冒頭で議長を務めた植木社長が、「本来経営破たんについて株主に謝罪すべきがそれがなかった」、ということ。

そしてもう一つは、「乗員組合のストライキが予定されたこと」である。

この事を以って「日の丸体質が消えてない」、というのは最もな話だ。
株主でなくても「あきれてしまう」内容だ。

先ずは「謝罪の言葉」だが、もともと株主総会は入念な準備やリハーサルが行われたうえで本番になるはず。議長として「挨拶、そして業績の説明など一字一句の原稿が用意されている」はずだ。しかし「冒頭に無かった」、とすればそれは「体質である」と指摘されても仕方がない。

二つ目の「ストライキの予定」などといつものは、ナンセンス極まりない。

今や、ストライキを検討するとか予定するなんという「企業」は、時代錯誤もはなはだしい。
労働者としてスト権は認められているが、実際に実行しようなんて民間では思わない。

記事の中で、株主の声として・・・
《「公的資金をもらって再生した会社の組合が、業績が改善されたからといってストを計画するなど信じられない。保有株が価値を失い、数百万の損失を受けた人もいるのに」と憤った。》

昨日、「意識改革が出来た!」と、植木社長の話を紹介したが、それは表面的なことで、全くできていない。この事を、稲盛氏はどんな気持ちで居られるんだろうか。

役員や幹部は猛省すべきである。


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2013年06月20日

普及活動

純粋倫理(絶対倫理ともいわれている)を勉強する「会」として、倫理法人会がある。
全国的な組織であり、5万社以上の法人が参加している。

この純粋倫理は、戦後の混乱期に産声を上げ、その普及促進を図るべくいろいろな活動がされてきている。

そうした活動の流れの中で「法人会」が誕生したが、本来の活動であるはずの「普及活動」が、単なる「会員拡大活動」と理解されている向きがある。

その様をみていると、宗教団体の入会勧誘活動とよく似ている。
そうした活動を見て、「倫理法人会というが、宗教と違うの?」という質問をよく受ける。

私の属する瀬戸市倫理法人会では、「普及活動のあるべき姿」を求め続けたいと思っている。

純粋倫理を勉強し実践することの中に「普及活動」を加えようと考えている。

そのためには、純粋倫理が実践を通じて素晴らしいものだと実感することが先ず前提となる。その実感を人さまに伝えることこそが普及活動だという考え方である。

対象を絞り込み、定期的に資料を持参する。
その資料も本部で用意されたものだけではなく、ひと手間加える。
この「ひと手間」こそが、その人のオリジナリティーである。

それがより具体的で、共感できる内容ならばそこで初めて「気を留めてもらう」ことができるのである。

セールスプロモーションで言う「AIDMAの法則」の実践に他ならない。

瀬戸市では、今年2月からこのやり方を始めた。

普及活動の目標を「会員数の増大」だけとするのではなく、そこへのプロセスをキチンと管理する仕組みをつくり上げたいものである。


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2013年06月19日

グローバル人材

「グローバル人材」とはどんな人材?
この問いに対し、「英語で話すことができる・・・」というようなことが頭に浮かぶ人が多いかもしれない。しかし私は違う。

今から24〜5年前、年に数度米国に出かけていた。
当時会社では、ハーバード大学やMITの優秀学生を対象にした、カワムラフェローシッププログラムを始めた頃で、その関係で出かけていた。

当時の印象として、「まずは、自国のこと、自社のこと、そして自分のこと」を正確に語ることが重要だとおもった。そうした質問が多いのである。
初対面での挨拶が済むと次なる会話のテーマは、「日本のこと、会社のこと」、それも「何に価値を持っているのか?」という問いかけが多かった。

話せる英語は極めて貧弱だったが、このことについては日本語で話し通訳をしてもらっていた。

こうした体験があり、グローバル人材と聞くと、英語が使えるということよりも、「国の歴史や伝統、会社の理念、価値観」を話すことの方が重要だと思っている。

6月16日の産経新聞「解答乱麻」欄で、明星大の高橋史朗教授も同じようなことを述べていた。
タイトルは『真の日本の発信こそグローバル対応に不可欠』であった。

氏は、今中国で日本に関する本が多く翻訳され、ベストセラーになっている。(『菊と刀』とか『武士道』)日本、あるいは日本人の精神や価値観を正しく理解してもらうのに役立つと思いきや全く違うという。

それは翻訳がでたらめで、「抗日を煽るような内容」だという。

今日本は、国際的に苦しい立場に立たされているとし、対策を次のように述べている。
《日本人(の性格や国民性)、日本の文化や歴史に対する不信感、偏見、誤解を払拭することは欠かせない。

グローバル人材の育成が教育再生の課題となっている。

求められているのは、日本の伝統的な精神矢文化について外国人にわかりやすく説明し、日本の文化や歴史、日本人の国民性についての偏見や誤解を払拭し説得できる知識と能力を身につけた人材を育成することである。》(以下略)

同感である。

自国のこと、自社のこと、そして自分のことを正確に語ることのできるような、知識と技能を持つことは極めて重要である。


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2013年06月18日

中国のイメージ

私自身、中国に対するイメージが随分変わってきた。

1997年頃、我が社が中国で委託生産を始めた。
その頃でも、中国のワーカーの質が問題になっていた。
つまり、「言われたことも出来ない」、というワーカーが多く、今後どうすべきかと頭を悩ませたものだ。

当時私は社会人大学院で勉強を始めたころで、同じ学部に数人の中国からの留学生がいた。

来日2年くらいで日本語も上手に使え、コミュニケーションが進めば相互の理解も深まり、こういう人物を中国事業で活用したらいいと思った。
結果、その後数年の内に5〜6人の中国人を採用した。

そういう人を通じての中国のイメージは、日本人にとって相容れないところもあるが、決して悪くなかった。

立場がかわり、彼らと接触する機会が少なくなった今、本来ならじっくり話し合いたいが、それも出来ずにいる。両国のトップが変わった今、一層険悪な空気が流れ、イメージも悪くなってきている。

それは、日中間のことかと思いきや、世界的にも中国のイメージが下がって来ているという新聞記事があった。

産経新聞6月12日号に、「英BBC」が、世界25カ国、約2万6千人を対象にした国家イメージアンケートの結果について報じていた。
それによれば中国は、昨年の5位から9位に下がり、否定的評価が39%と、肯定的評価(42%)にほぼ並び、過去8年で最悪になったというものだ。

中国の国際イメージの低下原因は、「海洋覇権拡張の動きが近隣諸国の反発」、あるいは「アフリカ進出が自国本意だとする批判」などがのその中心だという分析である。

別の調査でも「中国の国家イメージ」は順位を大きく下げているようだ。

全体的には「中国の富国強兵路線」が問われていると結んでいた。

因みに日本は、昨年がトップだったが今回は4位に後退したという。

こういう調査結果は、日本国内でもっと話題にしたほうがいいと思う。
国民のほとんどが、日本の世界の中での位置づけや、各国からどのようにみられているのかを知らずにいる。

島国であるが故に、隣国との緊張が些か希薄ではないかと心配している。


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2013年06月17日

日本人の教科書

人間学を磨く月刊誌『致知』を購読し、それをもとに勉強会をしていることは、過去、何度も紹介している。
記事の内容には、毎回沢山の学びがあり感謝している。

記事とは別に楽しみがある。
致知出版社の新刊及び書籍紹介だ。
実の多くの書籍が出版されているが、記事に関連づけて紹介してあるのも嬉しい。
なかなかのPR上手でもある。

今回はその中の1冊についてであるが、「日本人千年の教科書」として紹介されている『子どもと声に出して読みたい「実語教」』(齋藤孝著、平成25年3月13日第一刷発行)という本である。

購入して暫く積んでおいたが数日前から読み始め感動している。
正に、「日本人の教科書」である。

著者の説明では、「実語教」というのは福沢諭吉が書いた『学問のすすめ』の下敷きになっているとのことだ。
日本人千年の教科書」といわれる所以である。

この「実語教」というのは、平安時代の終わりにできたようで、その作者は弘法大師(空海)という説もあるようだがよくわかっていないようだ。
全部で「29項目の漢文」からなっているが、その読み下し文とわかり易い解説が載せてある。

私にとって新鮮であり、今後29回にわたって紹介していきたい。
単にほんの内容を書き写すのではなく、私自身の考えもそれに加えていこうと考えている。

これも勉強の一つである。


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2013年06月16日

自分で決めている

中日新聞の夕刊に、「紙つぶて」というコラムがある。
各界の有識者が順番で担当されているが、時に「ドキッ!」とする内容に出くわす。
昨日のものもその一つだ。

スポーツドクターの辻秀一氏によるものだが、タイトルは「自分で決めている!」である。

「世の中には、やらされていることなどない!」というのが言いたいことで、だからこそ、行動を開始したら「前向きに考え、取り組むべきだ」、というのが結論のようだ。

ざっと目を通すと、「アレ?」と思い、もう一度キチンと読み直さないとわからないという文章だ。

意味がわかると「ドキッ!」とした。

つまり人間というものは・・・
「やらされた」という人にその理由を聞くと、「規則だから」、「言われたから」「命令だから」など、「自分の意思でやってるんではない」、という。

一方、積極的に物事に取り組んでいる人にその理由を尋ねると、「好きなことだから」、「自分で決めたので」、「楽しいから」などと答える。

しかしよくよく考えてみるに、両方とも「自分が決めている」のである。
理由はどうであれ、最終的に行動を決定しているのは「自分」なのである。

言われてみればその通りである。

いくら命令されても、脅されても「自分でやる」と決めなければ行動にはならないのである。

であるとすれば、そのことを「進んでやるか、イヤイヤやるのか」では出来ばえは勿論のこと、疲れや、得るものも大きく違うだろう。
どちらがいいのか言うまでもない。

人の行動について、その動機は様々だが、変わらないのは「やる!」と言う意思決定は本人がしているということだ。

自身を振り返ってみる必要がある。

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2013年06月15日

国民の義務とは

今度の参議院選で憲法に関する各党の「方向性」は明らかにされるんでしょうか?
私自身は大変興味を持っている。

勿論、「新しい憲法をつくらねば何も始まらない」という立場です。

各論ではいろいろあるだろうが、現代の国際情勢や国内の精神的荒廃という現実をふまえ、国のあるべき姿を改めて明らかにする必要がある。
その第一歩が「新日本国憲法の制定」だと思う。

従って、各論的議論に惑わされず、憲法制定の王道を歩んでもらいたいと思っている。

自民党の改憲草案が示され、各方面で論議を呼んでいる。
批判的意見を意図的に取り上げているメディアもあるようだが、すこし「焦点がずれている」ような気がする。

例えば、中日新聞の6月9日号。
「検証・自民党改憲草案 5」では「国旗国歌に尊重義務」というタイトルの記事があった。

内容は「現行憲法では「国民」が主語なのに、草案では「国」である。それがおかしい」、という論調である。つまり、あくまで国民主体でなくてはいけないというスタンスだ。

とても危ぶまれるのは、この「国民主体」がその前提であるはずの「国民としての義務」(納税、教育など憲法に示されていないもっと根本的な義務)が全く担保されていない。
つまり、「国民主体」は「国民の自由」に履き違えているとさえ思えるのである。

だから、国旗や国歌を敬いなさいといっても「それは個人の自由だ!」という間違った権利の主張がある。

今私は「国民の祝日に国旗を掲揚する」、という運動をしている。
しかし隣近所で国旗を掲揚する家はほとんど無いといっていい。
外国に行って最初に目につくのは「その国の国旗」である。

日本が異常なのである。

それを「現行憲法でいう国民主体、個人の自由」の結果であるとするなら、明らかに「欠陥があった」ことを認めるべきだ。

そのことについて、起草委員の平沢勝英氏が明快に説明している。
《過去の過ちまで美化するつもりはないが、自分の国の伝統や文化、生まれた家族に誇りを持ち、教育することのどこがおかしいというのか。

国旗、国歌の尊重も当たり前。外国には国歌斉唱の時に起立しないと罰せられる国だってある。尊重できないという人がいるなら、憲法に明記しなければならない。

国民の権利を守ることができるのも、国があってのことだ。国が人権を守り、その国を一人一人の国民がつくる。それがあるべき姿だ。》

全く同感である。


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2013年06月14日

人財塾の最終回

今年1月から始めた「瀬戸人財塾」が来週金曜日の第6回で終了する。
私の担当した一期(通算第三期)の最終回となる。

ブログでも数回取り上げたが、この塾は、瀬戸市倫理法人会の主催で会員へのサービスの一つとして始まった。
最初はコンサルタント会社に丸投げで始まったが、2回続ける中で「経営意管理技術」の指導に偏りすぎている、という反省から「経営の考え方」や「倫理経営のあり方」を基本にした内容に変える事になった。

継続することを前提に、加えて「狙いを実現できる内容に!」ということで任された。丁度1年ほど前のことだ。

結果、前半を「日本型企業経営の本質」の研究とし、後半は「人物(経営者)研究」をすることにした。

前半部分は、名古屋学院大学院で講義をしている「経営システム論」の中から抜粋、主として日本企業の経営思想を研究した。河村電器の工場視察も行なった。

そして後半の人物研究だが、渋沢栄一氏、松下幸之助氏、稲盛和夫氏の三氏を取り上げた。
初めての経験だったが、私自身がとても勉強になった。
準備のために自信で調査研究したこと、塾生との議論で新しい視点の発見など、どんどん理解が深まっていった。

最終回である来週は、稲盛和夫氏を取り上げる。
塾生との議論の時間があまり取れないので、最終回のレポートとして後日提出してもらうと考えている。

そして、講義終了後には、倫理法人会会長からの「ミニ講話」があり「修了式」が予定されている。
その後、各塾生の派遣責任者にも集まっていただき、懇談会が計画されている。
恐らくその場で感想や要望などを聞かせてもらう事になる。

法人会は9月1日が新年度のスタートだが、来年度の方針に「人財塾の開催」盛り込まれており、更に内容を充実させていくつもりである。


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2013年06月13日

韓国の社会悪

このところ外国のことをよく書いている。
それは、中国、韓国の不穏な動きが数多く報じられるようになったことで、否が応でも関心を持つようになったことが一番の原因である。

でも、そうしたことがキッカケとなり、関連するような記事などを読むと、段々と理解が進み面白くなってきたことでブログに取り上げることも増えたのである。

外国の話題といっても実に幅広い。
当然ではあるが新聞などから得る情報は、「ホンの一部」であることを認識しておく必要があろう。
従って報道する新聞社の「価値観や方針」が大きく影響するので留意しておく必要がある。

さて今回は、韓国に関する記事を紹介する。
産経新聞に『ソウルからヨボセヨ(もしもし)』というコラムがある。
6月9日号で、韓国の『4大社会悪』を取り上げていた。

韓国の朴大統領が、新政権の課題として『4大社会悪根絶』を公約に掲げているそうだ。

頭にすぐ浮かぶのは、「大統領側近など公職者の汚職」や「手抜き工事」などである。
しかし全く違う。

「4大社会悪」とは・・・
@学校暴力
A性暴力
B家庭暴力
C不良食品

@からBまで「暴力」で、Cが全く違うのは些か違和感を覚えるが、今の韓国では何れも由々しき問題ということであろう。

「暴力」に関することは日本でも同様である。
それは、「偶然にそうなったのか」、あるいは「国として同じような道を歩んでいるからなのか」、もっと詳しく調べると意外なことがわかるかもしれない。

現在、歴史認識の違いにより、一部に対立が見られる。
しかしその昔、日本は韓国の統治に当たり、国立大学を作ったりして教育面で大きな貢献もしている。

そうした中で、日本に追いつき追い越せという精神で進んで取り組んできたことは想像に難しくない。
そうであれば、学校暴力も家庭内暴力もその原因は「日本と同じ」という事がいえるかもしれない。

まずは「隣国との良好な関係」が重要だとすれば、互いに歩みよるべきで、こうした共通課題の研究は一つのキッカケになるかもしれない。


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2013年06月12日

中国は「うろん」

6月6日の産経新聞『湯浅博の世界読解』という欄に、《協調ポーズの中国は「うろん」》という見出しがあった。
「うろん」といことば、響きで意味がなんとなくわかるような気がしたが、はっきりとはわからなかった。しかし、記事を読み進んで理解できた。

念のため辞書を引いてみた。
広辞苑によれば、「うろん」(胡乱)とは・・・
@乱雑であること。いいかげんであること。また不確実なこと。
A疑わしいこと。うさんくさいこと。
とあった。

さて、記事であるが、先月31日から3日間、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議で中国人民解放軍の副総参謀長が話した内容について「うろん」だ指摘した内容だった。

その話しとは、《中国は平和を愛する国家だ。海軍は周辺国に挑発的な行為をとったことはない。》更には、《紛争は対話で解決を》というもの。

これに対して名コラムニストの山本夏彦なら『申し分のないことを言う人たちは、うろんです。」と応じるだろう、と述べている。

最近の中国要人の話しを聞いていて、「よくもまあぬけぬけと・・・」という感じを持つことは一度や二度ではない。
しかしながら、言い続けていたら「それが本当」のように受けとられるようになってしまうのである。
相手が何を言っても、反論もせず、ただただ天に誓って我々が正しいのだと思っていてもそれは通用しない。

それが外交であり、我が国の姿勢をもっと明確に示す必要がある。

先の対戦で負け、流れは「戦勝国の論理」(例えそれが理不尽な内容でも)が主流だ。

何かに書かれていたが、日本が世界の中で「何かに勝つ」ことが重要だ。
つまり、強くなり、議論の主導権を握るべきだ。

バブル経済崩壊後の日本が、暗中模索をしているうちに、弱い日本になってしまった。
そうではないかも知れないが、少なくとも隣国はそう感じて行動を始めている。

中国は「うろん」だと批判していても、それは所詮負け犬の遠吠えに聞こえるのではなかろうか。
そのことを正面から受け止め、それを許さぬ「力」を持つべきだと思う。

posted by 伊藤保徳 at 11:25| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

太平洋の分割統治

「太平洋の分割統治」と聞いて、ピンときた人は中国のことにかなり詳しい人であろう。
私もそれらしきことを聞いたことはあるものの、具体的な内容は知らなかった。

昨日、内外情勢調査会の海外支部懇談会があり、時事通信社特別解説委員の加藤清隆氏の話を聞いたが、その冒頭で触れられた内容である。
つい先日、米中首脳会談が行なわれた。
その中身であるが、なかなか具体的な内容が知らされてないが、加藤氏は断言された。
「習近平氏は、オバマ大統領に太平洋の分割統治を持ちかけた」、というものだ。

『20年位前にも同じ内容が提案されたが、米国から相手にもされなかった。
以来中国は、着々と軍備増強を重ね満を持しての提案だった。』という解説である。

『いろいろ根拠はある。』とし、その一つに安倍首相の外交政策に焦りを感じての訪米であったとも言われた。
つまり、第二次安倍内閣の誕生後、東南アジア諸国とロシアへの訪問。
これらは全て「対中国包囲」を意識しての行動で、中国はそれに敏感に反応しているという。

話を聞けば聞くほど「日本の危機」を感じた。

今のままでいいのだろうか?

先日も書いたが、中国や韓国が「間違った歴史認識」のもとに、いろいろな仕掛けをしてきているが、それ以上に日本国内の「反日的活動」が問題である。
そうした行動や報道をしている人に「世界各国との関係性」を聞いて見たいものだ。

つまり、歴史の勉強と共に「外交」の過去、現在、未来を正しく知る努力が必要だと思う。

「太平洋の分割統治という提案」は、日本人には想像もできない話だ。
そう考えると恐ろしいことであり、もっと「現実の姿」を知るべきである。

「メディアがもっと外交問題を取り上げるべきだ。」
こんなことを強く感じた昨日の懇談会であった。


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2013年06月10日

問われる民間活力

6月9日の中日新聞「視座」という欄で、東大名誉教授の佐々木毅氏が『問われる民間活力』という一文を寄せている。
共感を持った内容なので紹介するが。

5日に発表された「成長戦略第3弾」についてである。

全体を通して一つの特徴は「目標の明示、明確化である」といえるとし、好感を持った表現をしている。
その上で、「専門家の意見に異論」を唱えている。

専門家の意見というのは、《具体的な施策が小粒なものにとどまていること、従って、目標とその実現手段である具体的施策とのギャップが埋まっていないという意見が目に付く。》
しかし、《目標とそのための政策の整合性について議論はいくらでもできるが、絶対的な整合性などというものがあろうはずはない。それが市場経済というものである。》

見事に本質を突いていると思う。

そして、そのことを前提にして、「目標」と「政策」との水準感をどうリアルに見極めているかということこそが問題だとしている。

私の理解では、「誰が、何をいつまで・・・」という5W1Hを明らかにし、それぞれ(官と民)の役割を明らかにして実行のための仕掛けづくりをすることだと思った。
そして、その通りだと思う。

氏は述べている。
《極端にいえば、成長戦略はその担い手づくりから始めなければならないということである。

うまり、安倍首相が引き出したいとする民間の活力が本当にどの程度のものなのか、長年の経済の停滞によって民間活力にも翳りが出ていることはないのか、これが今度の成長戦略で問われている肝心な問題である。

もし、ここに重大な病があるならば、政府が何度成長戦略を提示しようと現実は先に進まない。》(以下略)

極めて重大な指摘だと思う。

まさに、「民間活力が問われている」のである。
新しい時代(今日)での、求められる民間活力、あるいは発揮可能な民間活力とは何か、この事を広く議論する必要を感じている。

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2013年06月08日

変わる働き方

産経新聞の生活欄で、「変わる働き方」という連載が始まった。
毎日掲載ということで、すでに4回目を数えている。

興味を持った理由は二つある。
一つは「超高齢化社会が到来しているが、社会システムが一向に改革されていないのではないか」、ということ。
そしてもう一つは、「シニア世代を積極的に活用出来ないものか」という点である。

社会システムのことは少しは変化していると思うが、「高齢者の福祉や医療」はもとより、まだ働く意欲のある人に「昔ながらの歳」を当てはめ、強制的にリタイアさせている現実を何とかならないものかと思っている。
大胆な変革が必要ではなかろうか。

もう一つの注目点は「シニア世代の積極活用」は、社会システムを変えていく上での効果的な「動き」になると考えている。

今回の新聞記事では、生涯現役時代にあって、従来のような働き方ではない事例を紹介しているがとても参考になる。

まだ4回で、どのくらい続くのかわからないが、実にさまざまなケースが予測される。
つまり「多様である」ということだ。

欧米人と違って日本人は、「働くことが喜び」という価値観を持っている。
国民全てとはいえないかもしれないが、大部分が「働きたい」と思っている。
つまり、「何かの役に立ちたいと願っている」のである。

こうした価値観を理解した上で「働き方」を考えると、実にさまざまなことが思い浮かぶ。

「働くこと」は、収入を得ることだけではない、と考えることも必要だろう。
まずは「働く意味」を改めて問い直すことかもしれない。

このように考えると、シニアの出番はとても沢山あり、社会の担い手として「もっともっと働いてもらわねば・・・」と思えてくる。

私もその一人である。

posted by 伊藤保徳 at 06:45| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月07日

アベノミクス叩き

昨年末に船出した第二次安倍内閣。
多くの期待は、かの民主党政権への落胆からのものという論評もあった。
しかし年が明け、「デフレ脱却」と、「超円高からの脱却」こそが経済政策の第一歩として、大胆な金融政策が打たれた。

市場は好感し、円安にシフト、輸出企業の業績回復を期待し株価の上昇をもたらした。

3月末の企業業績は「円安の恩恵」と「株価の上昇」で、回復傾向となった。

しかし、市場というものは生き物であり、一直線の上昇に一抹の不安を覚え、当面の利益確保ということで売りに転じ、大幅な安値を記録した。

専門家ではないので、株価の乱高下がどんな意味を持ち、先行きどうなるかはわからないが、当面は目の前の現象に一喜一憂しないことだと思う。

それが隣国(主として中国など)では異常反応しているように思う。
つまり、「アベノミクス叩きの論調」が台頭していることだ。

今日の産経ニュース(wesut)にもそれがあった。
『東証株価乱高下を喜ぶ中国メディア、それ以上にアベノミクス叩き《超反日》「朝日新聞」』という見出しの記事だ。

注目すべきは中国のメディアが「アベノミクスの批判をし、株の乱高下につけ込んだ論評」をするのはわかる。しかし、「批判一色」とはいえず、冷静に分析をしているメディアもあるようだ。

こんな一節がある。
《これまで、ドルやユーロなどの外貨に対し、円が過大評価されていたとして、「日本の量的緩和策と円安が物価上昇を起こし、日本がデフレから脱却すれば、中国にとって、すべてが悪いこととは限らない」と冷静にに論じたのだ。

そして、アベノミクスの中核は構造改革であり、「財政・金融政策は補助に過ぎない」とも分析した。》

よく調べていると感じる。
今年4月に、内閣官房参与の本田悦朗氏の「アベノミクスを考える」という講演を聴いたが、中国メディアの分析の通りであった。

さて問題は、国内のメディアである。
見出しにあるように「超反日」の論調がいよいと激しさを増してきたように感じる。

朝日新聞の記事も概略紹介してあった。
《『アベノミクス、危うさ露呈 東証暴落』と題した記事で、日銀の量的緩和策を、「人為的な市場操作」と断じ、「金融緩和偏重のアベノミクスを修正」する必要性を唱えている》というのである。

この編集委員がどれほど詳しいのかしらないが、「反対のための意見」に聞こえてしまう。

こんな状況が続けば、メディアへの信頼もどんどん失われることだろう。

posted by 伊藤保徳 at 11:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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