2013年05月31日

講話の依頼

東海市倫理法人会から、モーニングセミナーでの講話の依頼があった。
倫理法人会では、依頼やお願いがあったときは、すぐに「ハイ!」と応えなさいと教えられており、即座ではなかったが受けることにした。

「どんなテーマで?」と尋ねると、「お任せします」との返事。
一番困るケースである。
要望されたことに全て応えられるわけでもないが、言ってもらえれば要望の輪郭だけはわかる。
しかし、「お任せします」というのは、当方の問題意識を問われているようで、頭を悩ます事になる。

更には、来週月曜日には「講話テーマ」を知らせて欲しいという。

そこで昨日の午後、あれこれ考えてみた。

倫理法人会のセミナーというのは、今まで経験してきて概ね二つのパターンがある。
一つは、倫理の実践体験報告である。
純粋倫理と出会い、こんなことを実践したらこのように変わったというもの。

自身の人生、家庭のこと、あるいは事業に関するあらゆる場面での「実践体験」である。
これはこれで参考になる。

もう一つは、この倫理運動の創始者である丸山俊雄氏の確立した「原理原則」などの解説や所見などである。主に、倫理研究所の研究員による講話である。

私のスタイルは、少し違っていて、今までの人生経験を「純粋倫理の原理や、著わされている文章(「万人幸福の栞」など)で検証」してみるという内容である。

本来は「実践報告」であるべきだろうが、まだ倫理法人会に入会して6年、倫理の実践といっても「朝起き」と「返事・挨拶」くらいのものだ。
それによって何かが変わったというのは(実践が足りないといわれるかもしれないが・・・)大したことではない。故に、「経験の検証」というパターンで話している。

そんな訳で、依頼された講話は「働く喜び」というテーマで、学校を出てすぐに就職した2年間の会社勤めと、その後使用してもらった河村電器での45年間の比較をしてみようと思っている。

レジュメはこれから作るつもりだ。

posted by 伊藤保徳 at 08:52| Comment(2) | 社会貢献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

好きこそ上手

昨日のモーニングセミナーは私の担当だった。

瀬戸市倫理法人会が発足して間もない頃、当時の専任幹事から毎週開催されるモーニングセミナーでの講師の打診があった。
当時、純粋倫理の勉強が少し面白くなりつつある頃であったこと。
そして純粋倫理では、「頼まれれば、ハイ!と返事をする」、ということも教えられていたこともあり、引き受けることにした。

毎月1回を担当することになり、今日まで続いている。
数えてみると60回を越えた。

一番苦労するのは、毎回殆んど同じメンバーであるということだ。
当然だといえば当然のことだが、「同じような話、同じ例えは」は絶対しないようにしているが、これがなかなか大変である。

2年位前から、月刊誌「致知」の特集テーマをタイトルにして「講話」に仕立てている。

昨日は5月号の特集「知好楽」であった。
この三つの漢字を見て、ピンと来る人も少なくないと思うが、論語にある「それを知る者は好む好きな者に如かず、それを好む者は楽しむ者に如かず」から三文字を引用している。

講話では、その言葉の意味を解説するよりも、経営とか倫理の世界にどのように落とし込むかについて考えを述べるようにしている。

昨日の「知好楽」の場合は、「好きこそものの上手なれ」ということと、「仕事は喜んでやるべし」ということについて自身の体験を中心に話した。

「話をする」ということは、思考を整理することでもある。
思考の整理は、断片的な情報をつなぎ合わせ、新たな意味を創造することにもなる。

倫理法人会のモーニングセミナーは、とても素晴らしい学びの場だと思っている。


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2013年05月28日

アジア諸国

確証があるわけではないが、今年になり中国、韓国の「抗日活動」が目に付く。
ひょっとすると、産経新聞を購読するようになったからもしれない。

昨年までは、あまり深く考えず自宅では中に新聞と日本経済新聞を購読していた。
時々喫茶店などで他紙を読んでいたが、「たまたま」というような受け取り方をし、大して差などないと思っていた。
大変な思い違いであった。

産経新聞を読むようになり、明らかな違いを感じるようになった。

昨今の中国、韓国のことについての記事数が全く違うのである。

例えば昨日の新聞(大阪版)だが、国際面は中国、韓国、そして北朝鮮のニュースで殆んどを占めていた。

北朝鮮が韓国の朴大統領を「呼び捨てで非難」した。
中国の李首相がドイツのポツダムで、「尖閣は日本が盗み取った」と演説をした。
それに対して、菅官房長官は「歴史を無視した発言」と批判。

又、先日安倍首相が訪問したミャンマーでは、日本への期待は高まるばかり、根強い「嫌中感」のあることを報じていた。

他紙ではあまりない紙面構成だ。

アジアの一員として、先ずは隣国との友好を図るべきだが、中国、韓国の昨今を見るに、「仏の顔も三度」ということになる。

困るのは、外国の地での「抗日」だけではなく、国内で、しかも日本人が「したり顔」で国家の批判を繰り返しているのにはあきれる。
識者といわれる人の中にも沢山いるようだ。

当然ながら「政党」でもそのとおりだ。

どうして中国や韓国の横暴さを黙認するのか?
押し黙り、時間の過ぎることで解決できることだと思っているのだろうか。
国としての誇りはどこにいってしまったのか?

こうした疑問が湧いてきたし、こうした事態を「勉強の機会」として捉え、国家としての基本的な考えを確立すべきだと思う。

posted by 伊藤保徳 at 21:19| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

道徳教育の中身

第二次安倍内閣が発足して半年ほどになるが、マスコミはアベノミクスを異常に取り上げているのではないかと感じている。
先日の株価急落でも、大きな出来事ではあるが「お茶の間向け」を標榜しているマスコミにしては騒ぎすぎだ。「株式市場のことを知らないのは国民ではない」、とばかりの報道だ。

もっと伝えるべき、あるいは国民が話題にすべきことがあるはずだ。

その一つが教育問題である。

教育再生実行会議が開催され、いろいろなことが議論されているがそうした重要なことは一向に伝わってこない。マスコミに猛省を促したいところだ。

その教育であるが、私が注目しているのは「道徳教育」である。

ブログでもいろいろ述べてきたが、教育は時間がかかるので一刻でも早く改革し、実行に打つべきだと思う。特に「道徳教育」である。

教育に関しては時折産経新聞が取り上げている。
昨日も「道徳教育の中身」に関する意見(記事)が載っていた。

教育再生実行委員会の第一次提言を受け、「道徳教育の充実に関する懇談会」が設置されているが、そこの委員でもあり、ジャーナリストの細川珠生さんが、産経新聞「解答乱麻」欄で述べていた。

要点は、《道徳教育の必要性や重要性は国民の共通認識が得られている。しかし、「今何が問題なのか?」とか、「何を指導すべきか?」という点はいろいろだ。》

それは、現実の道徳教育現場についてもいえるようだ。
今後の懇談会で、きめの細かい議論を望みたい。

私が注目したのは、細川氏の「持論」の部分だ。

《私自身は、道徳教育の基本は家庭という考えから、これから全く新しい仕組みづくりを行なうのであれば、家庭、つまり親も学び直す機会がなければ意味がないと思っている。》
と述べている。

私もそう考えている。

今、子供たちの教育に少し関わっていたり、教育委員会にいた経験からして「親の再教育」が不可欠だと思っている。

考えてみれば、戦後、教育を学校に全面的に委ねてしまったのである。
「知識」の詰め込みはそれでよかたかもしれないが、肝心の人間教育までも学校任せになってしまった。そしてそういう教育環境の中で育った人が今の親たちである。

是非取り組んで欲しい点である。

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2013年05月26日

自然に親しむ

先日仲間と「海上の森」に出かけた。
この「海上の森」とは瀬戸市の南東部に位置するところにあり、2005年の愛知万博の当初会場とされた所である。

「当初会場」といううのは、結果として「ごく一部の利用」で終ってしまったからである。

当時「海上の森」海上推進派の私にとっては、残念な結果だった。
これは、瀬戸市にとてもとても残念なことであったと思う。

さて、その海上の森に出かけて思ったのは、あの愛知万博の精神が辛うじて残っているということだった。
ごく僅かな「瀬戸会場」の跡地に設けられた「海上の森センター」では、「子供たち向けの自然体験教育」の態勢が整っているのである。

私が育ったのは、野山や川という環境の中だったので、「自然に触れ合う」ということはごく当たり前のことだった。しかし、今の子供たちにはそうした環境はどんどん減少して来ている。

だから、「あの海上の森センターをもっと利用して・・・」と思った。

自然に親しむことの大切さを何となく思っていたところ、「自然体験の重要性」を述べた記事があった。

5月24日の中日新聞夕刊「あの人に迫る」という記事だ。
絵本作家の岩村和朗氏のインアビュー記事だが、『絵本の構想を練るということは、自分の「内なる子ども」と向き合うこと』、であるとし、それは「子どもの頃の自然と親しんだこと」がベースになっている、という内容だ。

その中で、《自然に親しんでもらいたいのはなぜですか?》の質問に答えられている。

《まず何より喜びが一杯ある。
春になれば芽吹き、花が咲き、一、ニ週間で一気に違う風景になる。

命が溢れていることが実感できる。
それも毎年同じ繰り返しかと思うと、少しずつ違うんですよね。

あの木の高さは去年、山までかかっていなかったにのとか。》(以下略)

以前、こんな言葉を聞いたことがある。
《人が人であるために、一日に一回でいいから「人の手で作られていないもの」をジッと見てみることが重要だ。》

自然に親しむとことと同じことだと感じた。

近くにある「海上の森」。
もっと出かけようと思った。


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2013年05月25日

言葉の意味

5月18日は「コトバの日」だった。
とはいえ、先日ネットで見て初めて知った。

ただし、「どうしてこの日がコトバの日なのか?」とか、「コトバの日の意味は?」という疑問は解かれていない。
ネットを「ザッと見た範囲」ではわからなかった。

目に付いたのは、日本人が《ネット辞書》で調べた言葉ランキングである。

小学館の国語辞典「大辞泉」編集部が、「コトバの日」を記念して過去1年間に《ネット辞書》で調べた言葉(二字熟語)のランキングが発表されていた。

1位  進捗(しんちょく)
2位  瑕疵(かし)
3位  遵守(じゅんしゅ)
4位  謹啓(きんけい)
5位  留意(りゅうい)
6位  約款(やっかん)
7位  寸志(すんし)
8位  邁進(まいしん)
9位  意義(いぎ)
10位 出自(しゅつじ)

編集部では、《1位、進捗、2位、瑕疵、3位、遵守と、仕事がらみの言葉が上位にランクイン。日本人ならではの律儀さ、真面目といった気質が見て取れる。》と分析している。

私が思ったのは、「文書に使われる言葉」が多いということだ。

日本人が、「話し言葉」と「書き言葉」をうまく使い分けているともいえるが、昨今、メールやブログなど、本来は「書き言葉」でやり取りされるべきだと思うが、これらの多くが「話し言葉」で行なわれている。

つまり、書き言葉を日常的に使わなくなったと言えよう。

日本語は日本にとって「文化」の大本とも言えよう。
その日本語が、「話し言葉中心になってしまっているのは残念」である。

救いは「言葉の意味を調べる人が日本人がいた」、ということだが、どれ位のアクセスがあったのかも公表してもらいたかった。


posted by 伊藤保徳 at 08:54| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月24日

労働基準協会

昨日、公益社団法人愛知労働基準協会の定時総会があった。
「公益社団法人」に移行してちょうど1年が経ち、総会としては2回目であった。

この協会には、県下の著名企業が名を連ねているが、各労働基準監督管内にある「各労働基準協会」も深い繋がりがある。
具体的には、各地の協会会長が県の協会の理事になっている。

そうしたことから、私が今から14年前に瀬戸労働基準協会の会長を拝命した時から、県の労働基準協会の理事も拝命したのである。

5月15日の瀬戸労働基準協会の総会で、会長を辞任し、昨日の県の総会で理事も交代となった。

長い間本当にお世話になった。

総会後の懇親会では、幹部の方々に交代の挨拶をさせてもらったが、理事としての仕事というより、専ら「労働基準行政に関わる勉強」をさせてもらった14年間であった。

会社内で、人事労務を長く担当したが、最初は全くの素人であった。
労働局や監督署の人たちからいろいろなことを指導してもらい、多くのことを社内に反映できたと思っている。

一番大きな変化は、各工場に健康管理室を設けたことだろう。

従業員の健康を気遣わない経営者はいないが、組織が大きくなると直接的には目が届かず不本意なことも発生する。
つまり、そういう健康に配慮する仕組みを整備する必要があるのだ。

こうしたことは、労働災害や健康障害が発生しないとその必要性を感じないことが多い。
起きてしまってからでは遅いのである。

幸いにも私の後任は会社で受けてもらえることになり、引き続いて関係が維持できると思う。

従業員の労働環境は、今後益々重要な問題であろうし、日本型経営を継続していく上にも欠くべからざる事項である。
受身ではなく、積極的な取り組みに期待したい。

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2013年05月23日

すぐ行動する

いいと思ったことを「サッと行動する」。
とても素晴らしいことであり、この事を以って「素直」であるといえよう。

ブログで何回か紹介しているが、今年1月から「瀬戸・人財塾」を開催している。
月1回であるが、課題を出しているので日常的に勉強をしてもらうようになっている。

5月は松下幸之助氏の研究で、次回(6月)「氏はどんな人であったのか?」「氏から何を学ぶのか?」の二つを発表してもらうことになっている。
そのアドバイスの中で、松下資料館のことを紹介した。

松下幸之助氏を研究する上で、絶対外してはいけないところだと思う。
京都にあり、この地からさほど遠くないので是非出かけて欲しいと話した。

昨日、塾生の一人が、この松下資料館に行ってきたという。

5月の人財塾は先週の金曜日だったが、会社の休日が水曜日のようで昨日でかけたようだ。

楽しんで勉強している様子がわかる。
このことこそ、人財塾が目指していることだ。
つまり、知識の伝授だけではなく、「日常的に勉強する姿勢や態度」、「勉強への取り組み方」、そして「どう生きるか?」を伝えたいと思っている。

最終的には「楽しく学び、自らを高める」という事になる。

そういう思いからみて、この塾生は一つの手本である。

いいと思ったことを「サッと行動する」。
素直さと共に、「最も積極的な姿」だとも言える。

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2013年05月22日

思いを伝える

昨晩、瀬戸市倫理法人会主催の倫理経営講演会が開催され、主催者側として参加した。

この講演会は、年1回開催され、あらかじめ用意された『二つのテーマ』のうち、一つ選び、有料(一人2千円)で100名の動員を目標に開催されるもので、運営は書く単会に任せれている。

講師は倫理研究所で選定され、派遣されて来る。

内容は、一部の「事業体験報告」と、二部の「講演会」とに分かれている。

さて、昨晩の講演会だが、一部と二部では「はっきりした違い」があった。
つまり、「伝えたいことが明確であったかどうかの違い」である。

簡潔明瞭に話し、聴衆の心に入り込み、「とてもいい話だった。もっと聞いてみたい!」という講演はそんなに多くない。
ここまでの評価をされないまでも、一つか二つ「印象に残るコト」があると総じて評判がいいものだ。

私も人前で話す機会が多いほうなので、講演を聴いて大いに勉強しているところである。

昨日の第二部の講演は、講師が「思いを伝えよう」と、その準備に時間をかけ、随分ご苦労されていることが伝わってきた。
ある面、そのことで「思いの何%」かは伝わるものである。

その内容というのは、パワーポイントを駆使して視覚的な訴えがあり、それを更に演出で「音楽」まで使われていた。倫理経営講演会でそこまで行なわれる講演は初めてのことだった。

ただ、惜しむらくは折角の映像が「文字主体」であったことだ。
スクリーンに文字が多いと、ついそれを読んでしまうことで、訴求力は落ちるように思う。

しかしながら、「思いを伝える」、という点で言えばよかったと思う。

終了後、数人から感想をもらったが、私のそれと大きくは違わなかった。

「聴いて学ぶ」「視て学ぶ」という姿勢の必要なことを再認識した。

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2013年05月21日

てんびんの詩

「てんびんの詩」とは、以前にも紹介したが、今から20年以上前に社員教育の教材のひとつとして購入したビデオである。
我が社では、当時「営業マン必見のビデオ」として、全国各地で視聴してもらった。

このビデオが今、話題になっている。
一般的な話ではないが、私の属する「瀬戸市倫理法人会」の中でのことだ。

事の発端は、今年1月から始まった「瀬戸・人財塾」でのこと。
1月と2月は「日本型企業経営の特質」について講義と議論をした。
そして3月は、実地研修として河村電器に出かけ工場見学や工場経営などについてのディスカッションをする予定であった。

ところが、1月の「日本型経営の話」の中で「近江商人・三方善しの商い」について触れたところ、反応が今一つであった。そこで、この「てんびんの詩」というビデオを見れば理解が深まると考え、3月の実地研修の中に盛り込んだ。

そうしたところ、塾生の派遣者から「我が社でも視聴したい」、という要望が出た。

そんなことから話題になっているが、ついに、倫理法人会主催のイブニングセミナーで、このビデオを視聴することになった。
6月の26日の予定である。
おまけに、私がコメンテーターを担当することになった。

またまた勉強である。

もう一度じっくり見て、私の感じた、学ぶべき点や実践すべき点を整理しようと思っている。
何度見ても教えられる素晴らしい映画である。


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2013年05月20日

話す力

第一線をリタイヤしたつもりだが、人様の前で話をする機会は相変わらず多い。

頼まれて、ごく僅かな時間のスピーチ。
定期的な講話。
大学院での授業。
連続的な研修会での講義、などなど。
それぞれに難しいものだといつも思っている。
つまり、どうすれば「話し」がうまくなるかを常に考えているが、「これだ!」という処方箋を未だに見つけられずにいる。

5月5日の産経新聞「解答乱麻」欄に、「話す力」について述べられていた。
バッカーズ寺子屋塾長の木村貴志氏である。

「今求められる学び方の変革」と題したものだが、子ども達への指導において「正解のない問題にどう向き合うか?」という問題意識とその対応策という内容だ。

それは「話す力」であり、「話の質」に出てくるというのだ。

以下文章からの引用だが・・・
《雑談や他人の意見に批判することは簡単でも、自分の意見や考えを人前で語るのは大変だ。

経験と信念がなければ言葉は力を持たない。話す場に立たされてはじめて人は、自分の中に語るべきものがあまりにも乏しいことに気づき愕然とする。

しかしその「気づき」こそが、人生を主体的に生きるための学びの始まりとなる。》(中略)

更には・・・
《借り物の言葉で話しても人の心には響かない。
原稿に頼れば、それは聴衆ではなく紙切れに向って話すに過ぎず、
原稿を丸暗記すれば、それは自分の記憶と対話しているに過ぎない。
自分の前の聴衆を尊重しない話など、相手の胸に届くはずもない。》・・・と。

その通りだと思う。

しからば、「話す力」を身につけるにはどうするか?ということだが、氏は、「正解のない問題にどう向き合い、複数の解答を考え、そこから一つを選択する」という訓練をするしかないという。

ふと思った。
今開催している研修(瀬戸・人財塾)で、人物研究を行なっている。
言うなれば「絶対解のない問題」である。
こうした研究(研修)を行なうことにより「話す力」が磨かれるとすれば、もっと話す機会を増やしたほうがいいのかもしれない。

つまり、「自分の意思」が重要である。
それが「言葉」を作ったり、「話を組み立てる」のであろう。


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2013年05月19日

人それぞれ

金曜日、第5回の「瀬戸人財塾」を開催した。
今回は人物研究の第二弾、松下幸之助氏の研究であった。

「経営の神様」として有名だが、亡くなって既に20年以上になる。
若い人には馴染みが薄いかと思ったが、書店には相変わらず多くの「松下本」が並んでおり、塾生はそれなりの知識は持っていた。

当方から一通りのレクチャーをした。
課題図書の内容をベースにしながらも、5月2日に出かけた「松下資料館」で得た多くの情報をふんだんに盛り込んだ内容にした。

その後、40分ほどのグループディスカッションをしてもらった。
この話し合いは、他の塾生がどんな情報を持ち、どんなことに興味を持っているかを知る機会であり、積極的に参加するよう促している。

その人の性格にもよるが、自ら発言の多い人、専ら聞き手に回る人それぞれである。

塾の運営として、ここで得た情報を持ち帰り、更には再考して自分の考える松下幸之助像を描いてもらうことにしている。
つまり、次回に全員発表してもらうのである。
(レジュメをつくてもらい、それを提出してもらっている。)

このアウトプットが実に面白い。
人それぞれである。
あえて一つにまとめようとも思わない。
それぞれの意見を尊重し、参考にしてもらいたいと思っている。

こうしたリードをすると、人が気がつかない視点を懸命に探す人もでてくる。
些か天邪鬼と思えることもあるが塾としては歓迎である。

人物研究では「絶対的な答え」があるわけで無し、人それぞれのアウトプットがいいのである。

来月の松下幸之助像発表が楽しみである。


posted by 伊藤保徳 at 09:39| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

新聞の読み方

新聞は世の中の動きを知るために重要な媒体だと思っている。
しかし、思想や考え方の違いもあり、時に異なった報道のあることを承知しておく必要がある。

こうした考えから、今は中日新聞と産経新聞を購読している。

最近は、この「新・役員サロン」で産経新聞からの引用が多いが、これは私自身の考えによるもので、何も強制しようというつもりはない。
むしろ、「新聞の読み方」を自分で考えることが重要だと思う。

一つの考えとして、産経新聞の「新聞に喝!」という欄は参考になる。

5月13日号では、京都大学大学院の准教授、佐藤卓己氏が「社説」について述べている。

氏は普段各紙の社説を読んでいないが、「ある日」に限って読み、各紙の観察をしているという。
以下、原文を紹介する。
《日頃私も社説を読まない。だが毎年、ゴールデンウィークには各紙社説の変化を定点観測することにしてきた。

5月3日「憲法記念日」と5月5日「こどもの日」の社説には、その新聞の歴史観と未来観が読み取れるからである。》(中略)

3日の社説に注目すべき変化はないとしながらも、5日の社説に異変を感じたという。

《長らく全国紙揃い踏みだったが、今年は朝日、毎日、日経が「こどもの日」と無関係で、読売の「『イクメン』が世間を変える」、産経(東京最終版)の「読み聞かせで絆を強める」は少数派となった。

少子高齢化がこれほど問題になっている現在、「こどもの日社説」を落す理由が知りたいものである。新聞は掲載記事で評価されるべきだが、あるべき社説の在、不在も評価されるべきだろう。》(以下略)

なるほどと思った。

私は一昨年から「国民の祝日に国旗を掲揚しよう」という活動をしているが、その中に「祝日の意義」を互いに認識しあうというのがある。
つまり、国民の祝日を正しく理解するというものだ。

この記事を見て、これから「祝日」には、各紙の社説を読んでみようと思った。

各紙の考え方や視点を知るのいい方法だと思う。


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2013年05月16日

明日へのメッセージ

昨日、瀬戸労働基準協会の25年度定期総会が開催された。
役員の改選で、14年間担当した会長を辞任した。
役員各位の好意で、相談役として暫く関わりを持つ事になるが、一応のケジメであり、14年間お世話になったお礼と今後のことについて少し話をさせてもらった。

労働基準協会というのは、戦後、労働行政の民間協力機関として設立された任意団体だと聞いている。
現在でもそのことは大きな使命だと思っているが、一方で、もっと前向きな事業を実施すべきだと思っている。

会長就任中に、新しい事業を三つほど始めた。
今日、いずれも協会事業として恒例化して来ているがこれらをもっと発展するべきだと思う。

一つの例として述べたのは「先進企業に学ぶ」ということである。

戦後の復興期から高度経済成長の時代、労働行政面での課題は「災害防止」であった。
つまり、製造現場における「安全確保」が中心であった。
そのご、事故や怪我という災害だけではなく、作業環境からの健康障害の防止ということも対象となってきた。
今日は、身体の健康のみならず精神衛生が大きな課題となっている。

これは、単に「基準やルール」をつくって進めればいいというものではなく、その事業場、職場環境に合わせた施策が必要になる。
つまり、自らが作り出すほかないのである。

そのためには、多くの先進事例を見ることが重要であるし効果的でもある。

幸いにも当協会では毎年11月優良事業場見学会という恒例行事を行なっており、それをもっと多く、そして内容も濃くして実施したらいいと思う。

異業種から学ぶことは沢山ある。
要は、見方学び方の問題だ。
できることなら現場で意見交換の場を持つ、あるいは帰って来てからの反省会など、「見方学び方」を研究しあったらいいと思う。

一事業場では出来ないことも、協会ならできるという事がある。
こんな活動が行われるとしたならば、入会希望者も増えるのではなかろうか。

明日からの活動に期待したい。


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2013年05月15日

リーダー論

今週の月曜日、内外情勢調査会春日井支部の懇談会で、法政大学の山中正竹氏の講演を聞いた。

この内外情勢調査会の懇談会は、今年1月から縁を戴いた。
知人から是非と誘われ、春日井支部の懇談会に出かけたのが最初である。

正午から2時までの開催で、昼食に30分、講演が90分という内容だ。

気に入っているのは講師陣である。
マスコミなどでよく聞く人ばかりであり、とても勉強になる。
そして5月の講師がその昔東京六大学野球で通算48勝という不滅の大記録を立てられたことで有名な山中氏であった。氏は、指導者としても輝かしい実績を残されている。

さて、講演は、「私のリーダー論・監督経験者の視点から」という演題で、大きく二つのことについて話された。一つは「スポーツマンシップ」、もう一つは「リーダーシップ」であった。

この二つは「野球界の課題」であるとのことだった。

「リーダーシップ」、という一般論ではなく、ご自身の監督経験から導き出された「監督論」であった。
特に印象的だったのは、「信条」と「心得」である。
「信条」とは、「大事にしていること」。そして「心得」とは、「自分自身に言い聞かせていること」として説明があったが、いずれも普遍的なことばかりだと思った。
つまり、リーダーに共通して言えることである。

『信条』
・選手の「自信」「自立心(自律心)」を育てる。
・早く、強く、正確に。(野球の各プレーの基本)
・当たり前を当たり前にやれるように。
・活つ、克つ、勝つ。
・プラス智を求める。(プラス志向を育てる)

『心得』
・指導は「専制」と「民主」のバランス。
・勝ちにこだわる。(しっかり、細かく反省する。敗因はその日の内につぶす。)
・数字で説得する。
・温情は勝利の道の落とし穴。
・妥協は後悔の始まり。
・背中で諭す。

などである。

やはり「プラス智を求める」ことと、「しっかり、細かく反省する」という二つが心に響いた。


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2013年05月14日

スポーツのルール

昨日、内外情勢調査会の春日井支部懇談会に出席した。

この会合との関わりは、今年1月に知人から紹介され、「招待客」として参加したのが始まりである。
各地に支部があり、その支部長の多くは「首長」である。

縁あって調査会の方とも知り合いとなり、まだ会員ではないが昨日出席した春日井支部と名古屋支部の懇談会に出席させてもらっている。
懇談会は12時からで、昼食をいただき、その後90分間の講演がある。
講師は毎回素晴らしい人ばかりで、とても勉強になる。

昨日の講師は法政大学特任教授の山中正竹氏であった。
大学時代に通算48勝、東京六大学不滅の大記録の持ち主であり、野球の監督としても有名である。

演題は「私のリーダー論」であったが、ご自身の監督経験を通じて「野球界の二つの課題」にたいする所見を述べられた。
二つの課題とは「スポーツマンシップとリーダーシップ」であった。

野球の世界や、監督業の特異性について初めて聞くようなことも多くあった。

「スポーツとはなにか?」というような基本的な事にも触れてもらった。
考えてみれば、そうした「正しい理解」もなく、ただただ「スポーツ」が取り入れられため、いくつかの誤解もあるという。

典型的なものが「体罰」についてである。
近代スポーツのルールを説明される時、「三つの約束」というのがあるそうだ。
その2番目にあるのが『暴力の抑止』だそうだ。
昨年12月以来、「スポーツでの体罰の是々非々」が議論されているが、山中氏に言わせれば「全くナンセンス」とのことだった。

この話は興味深い。
先ず「ルール」とは、「そのスポーツを楽しくするためのもの」という定義があり、その上で三項目示されている。

「三つの約束」とは・・・
@ 公平で客観的である。
A 暴力を抑止する。
B 目的遂行のための阻害要因を設定する。

@とAはよくわかるが、Bが何ともわかりにくい表現である。
「目的遂行のため・・・」とは、「勝利するために」ということで、いろいろ「やりにくいこと」や「守りにくい」ことを設定する、ということだ。

例えば、「サッカーで手は使えない」とか、「相手選手よりゴールに近づいていけない」などである。
要するに、「楽しくするために、容易に得点できないようにする」といったことでしょうか。

話を聞きながら、こういう基本的なことを理解せず、「形だけを導入してきた」ように思う。

ふと、これも日本にとって「戦後の不幸」の一つではないかと思った。

posted by 伊藤保徳 at 07:10| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

恐ろしき夢

昨今の中国の動静はとても気になるところだ。
特に中国へ工場進出をしている立場にあっては対岸の火事ではない。
とはいえ、どうすればいいのかもわからない状況にある。

中国人であるが、日本国籍を取得し強烈な中国批判をしている評論家の石平氏が、産経新聞に紹介していた「民間版中国夢」は、とても恐ろしい内容だ。

すぐさま何らかの対処をする、といった事ではないが、気をつけておく必要があろう。

書き出しのところを原文のまま紹介する。
《かの国では今、「中国夢」という言葉がはやっている。
国家主席の習近平氏が就任以来、「民族の偉大なる復興の中国夢の実現」を盛んに唱えるようになり、この言葉がひとり歩きを始めたのだ。

「われわれの夢はただ、きれいな空気を吸いたいだけだ」と、微博(ミニブログ)などで白けた反応をする国民も多いようだが、一方で習氏の「中国夢」に輪をかけてより壮大なる「夢」を語りたがる人もいる。》(以下略)と紹介している。

さてその内容だが、仮想の出来事を取り上げ「実現されれば中国夢がかまえられるのではないか」とする内容のようだ。

たとえば・・・
『中国のサッカー国家代表チームがW杯で優勝する』
『国連は近く本部を北京に移す』

妄想のようなことだが、その根底にあるのは「中国は世界の中心にあるべきだ」という思想だと石氏は指摘している。

こんな「民間中国夢」もあるようだ。
『中国空母が遠征の帰りにハワイ補給基地に帰港』
これは、ハワイがいずれ中国の領土の一部、しかも解放軍の補給基地になっているということである。

さて日本のことだが、「中国夢」の一項目としてあるようだ。
その内容は・・・
『日本列島で未曾有の大地震が発生、生存者無し』というもの。

石氏は述べている。
《この項目を読んだとき、私は激しい戦慄を覚えずにいられなかった。
多くの中国人が「中国夢」のひとつとして、日本民族全員が大地震で死んでしまうことを待ち望んでいるというのである。

ここまで来ると、「日中友好の未来」はもはや絶望するしかないだろう。

それにもまして、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」うんぬんというわが日本国の現行憲法の前文がことさらに、ばかばかしく思えてくるのである。

一部の中国国民と指導者が見る陰険にしてふざけた「中国夢」を、ただの「白日夢」に終らせるためには一体どうすればよいのか。
それこそがわれわれにとっての問題なのである。》

よくよく考えなければいけないと思う。

posted by 伊藤保徳 at 08:29| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月12日

高齢者に期待

昨日開催した瀬戸木鶏クラブで、高齢化社会について話題になった。

少子高齢化とか、総人口の現象が始まったという「現象」のことはよく言われているが、そうした社会の到来に対し、今までの仕組みや制度が通用するのか?という問題提起からである。

高齢化社会の到来で、話題の多くは「社会保障制度」や「医療・介護」などである。
しかもそれを従来の仕組みの中で対応しているように見えるのである。

「高齢化社会」、言葉を変えて「長寿社会」といってもいいかもしれない。
つまり、社会に高齢者が多くなる社会の到来だ。
今までのように、「年寄を大切に・・・」というような発想ではとてもおぼつかない。

65歳定年時代といっても、リタイヤ後の人生はまだ25年〜30年あるのだ。

やはり、当人が現役を退く時、再度、向こう30年くらいの人生設計をつくる位の「意識」が必要だと思う。

こんな話のやり取りの中で、「高齢者はもっと勉強(本を読み)し、歴史観や国家観を次代の人たち(特に子どもたい)に伝えて行くべきではないか」、という意見が出た。
今まで考えたことのなかったことである。

今にして思えば、戦後の教育は敗戦による「偏った内容」であった。
これも歴史の一つだが、長い目でみた時、日本国や日本人にとっては不幸な出来事であった。

そうしたことの結果として、日本人としての自信や誇りが今問題になっている。

政権が変わり、国にとっていい方向への舵取りを願うところだが、国民自ら行動を起こすときでもある。

「高齢者社会」を「人生の達人が多くいる社会」と考えた時、高齢者に対しいろいろな期待が高まってくる野は必然である。

「教科書には載っていないこと」、「学校では教えてくれないこと」など、日本人として継承していかねばならないことは山ほどある。
それらの先生として、教える機会を用意することは可能だろう。

学校を利用して「土曜学校」とか、「早朝学校」など。
あるいは寺院や公民館などを利用しての「地域学」や「民話やむかしばなし」のお話会。
自宅の居間を利用しての「私塾」などなど。

地域の知識や知恵の伝承は、高齢者に期待したいことの一つである。

posted by 伊藤保徳 at 08:33| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月11日

読書勉強会

本来なら先週の土曜日がその予定であったが、大型連休の真ん中なので今日の土曜日に変更をした。
「瀬戸木鶏クラブ」の例会である。

メンバーの協力があり、間もなく発足して5年になる。
思い出せば、軽い気持ちでスタートした勉強会である。
人間学を学ぶ月刊誌『致知』を読み、感想や意見の交換をするという内容である。

時に要請され、所見を求められるが、自身が学びの途上にあり、せいぜい先人の言葉などを紹介する程度である。

いろいろな感想があり、意見がある。
会を主宰する側は、それをまとめようとするが、本会ではは決してまとめることはしない。
これは発足した時から変わらない「進め方」である。

皆さんの発言内容をまとめることに何の意味もありません。

発言の全てが、出席した人それぞれへの「学び機会の提供」であると思うからだ。

こういう進め方なので、続いているかもしれない。

要は、全ては本人次第である。
よく読んで参加すればそれに比例して学ぶ機会が多くなる。

反対に、今号は殆んど読んでないが、皆さんの感想を聞き「間接読書としよう!」というのもある。
各人の自由である。

さて、5年という歳月が流れ、内容について見直す機会だと思っている。

今日の勉強会で皆さんに意見を聞いてみるつもりである。

posted by 伊藤保徳 at 06:25| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月10日

新人の安全教育

今日、瀬戸労働基準協会主催の「新人安全教育」が行なわれる。

かれこれ10年位になると思うが、基準協会でこの時期、会員事業所の新人を対象にした安全教育を開催するようになった。
大手の事業場では、毎年多くの新人を迎え入れており、新入社員教育の一環として安全衛生教育もある。しかし、基準協会会員の大半は中小企業であり、新人の採用もなかったり、あっても一人、二人というのが実態である。そこで、協会としてこういう機会を設けたのである。

毎回5〜60人の新人が受講している。
朝から夕方まで、丸一日の研修である。

さて、この安全教育の冒頭で、主催者として挨拶をすることになっている。
毎年同じような内容になる。

「社会人としての心構えの基本」として、「チームの一員として、会社の一員としての責任の自覚」が大切である。
学生のころは「結果も責任も個人のものだった」。しかし社会人はそれよりも先に「チーム、会社」としての責任を問われる事になる。

安全作業を怠り、ケガをしたとする。
作業が止まる。仲間や上司が駆けつけ、彼らの仕事が止まる。状況により病院に行くようなことがあれば時間もお金も大変な損失となる。

大きな事故になれば、ラインが止まり生産が止まり大きな損失を生む事になる。

つまり、安全作業の遵守は、自らの身体を守るとともに、チームや会社の日常を守ることでもある。

こういう基本的な事が案外教えられていない。
失敗を経験すれば身をもってわかる事になるが、事故が起きてしまってからでは遅いのである。

そうならないための研修である。
安全教育を通じて、社会の厳しさを再認識してもらいたいと願っている。

posted by 伊藤保徳 at 08:01| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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