2013年04月29日

四方よし

「四方よし」とは初めて目にした言葉だ。
「三方よし」というのは有名である。
あの近江商人のいう、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」である。

「四方」とは、「三方よし」に「未来よし」を加えたものだという。

これをいっているのが、伊那食品工業の塚越会長である。

昨日紹介した、「倫風」(社団法人実践倫理宏生会・会報5月号)に載っていた。
特集の「人につくす喜び」の中のあった。

伊那食品工業は今や企業経営の鏡といわれており、塚越会長の経営理念やその実践について、多くの経営者が感銘を受け取り入れていると聞く。
私も二度会社訪問をした。
駒ヶ根方面に旅行をすれば、必ず立ち寄るポイントとしても有名だ。(「かんてんパパガーデン」)

会長は、「人間が幸せを目指した経営」をされているが、人づくりがその基本になるということ、そしてそれは素晴らしい未来をつくり上げる事に繋がっていると考えられているのであろう。
同感であるし、そうあらねばならないと思う。

「いい会社にしよう」、というのが経営理念だが、その具体的な行動指針が示されている。
これが素晴らしいと思う。

「いい会社」をつくるための十箇条(伊那食品工業)
一、常にいい製品をつくる。
ニ、売れるからといってつくり過ぎない、売り過ぎない。
三、できるだけ定価販売を心がけ、値引きしない。
四、お客様の立場にたったものづくりとサービスを心がける。
五、美しい工場・店舗・庭づくりをする。
六、上品なパッケージ、センスのいい広告を行なう。
七、メセナ活動とボランティア等の社会貢献を行なう。
八、仕入先を大切にする。
九、経営理念を全員が理解し、企業イメージを高める。
十、以上のことを確実に実行し、継続する。

特に私は、「ニ」と、「五」が素晴らしいと思っている。

見習いたいことが幾つもある。
「せと人財塾」でも是非取り上げたいと考えている。


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2013年04月28日

努力は裏切らない

私は6年前から倫理法人会の会員として純粋倫理の勉強を始めた。
当然のことながら、この運動の創始者のことや、始められた経緯なども知るようになった。

あまり積極的には教えてもらっていないが、運動が始まりその普及が拡大していく中で枝分かれがあったようです。
一つは、倫理法人会などを擁する「倫理研究所」である。(私の所属する団体)
そしてもう一つが「実践倫理宏正会」である。

不思議な事に、私の家には私が所属していない「実践倫理宏正会」の人が毎月のように会報(「倫風」)を届けてもらっている。
(不思議というのは私だけが思っているだけかもしれないが・・・。)

そのことはともかく、この届けてもらっている会報はとても参考になる。

勉強している純粋倫理は「実践が全て」「実践してこその倫理」と教えられているが、「実践倫理宏正会」も同様である。

さて、会報のことであるが、5月号の冒頭に『努力はあなたを裏切らない』と題した「倫風宏話」(上廣榮治氏)がある。その中で、幸田露伴の言葉が紹介されている。

《『努力は即ち生活の充実である。努力は即ち各人自己の発展である。努力は即ち生の意義である』と。

「生活を充実」させ、「自己を発展」させ、「生を意義あるもの」にするためにこそ、私たちは日々の努力を重ねるのです。そうした日々の努力は必ず実を結ぶときがくることを、私たちは経験的に知っています。》(以下略)

そして、この「努力」の二文字は、そっくり「実践」に置き換えられるとしてその重要性を説いている。

『実践は即ち生活の充実である。実践は即ち各人自己の発展である。実践は即ち生の意義である』と。

その通りだと思うし、実践の重要性を今更ながらに感じた。


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2013年04月27日

国旗の会

昨年、「国民の祝日に国旗を掲揚する会」を発足させた。
全くの私的な集まりだが、実に「熱い思い」を持った人が多い。

昨晩、1年目の総会を開催した。
出席者は10人ほどだったが、総会後に飲食をしながらのDVD観賞と意見交換は充実したものだった。

DVDは、元航空幕僚長の田母神俊雄氏の講演録だった。
幕僚長を更迭され、五ヵ月後頃の講演であり、「辞めさせられた真相」についての話と、日本の「国家観や歴史観」についての内容だった。

自衛隊の現職時には決して口に出来なかった内容ばかりだったが、その語り口調から、実に実直な人柄を感じた。

観賞後の意見交換では、今持っている「一般的な歴史観」からの脱却こそが急務だということを確認した。
しかしながら、「具体的どうするか?」というのはなかなか難しいものだ。

我々にできることは何かについても話し合った。

これは田母神氏も講演の中でのべていたが、「真実をもっと発言しよう」ということになった。
つまり、歴史は勝者によって作られるということを認識した上で、「日本の行なった良いこと、悪いこと」をキチンと述べる事からはじめるということだ。

先の大戦は「侵略戦争であったかどうか」。
いろいろな議論があるが、事実としてどこで何が行なわれたのか。
こうしたことを明らかにしていくことで、「国民的な議論」を広げ、深めていく事が大切であろう。

できることは微々たることだ。
しかし、どんな小さなことでも積み上げていけば大きな力となる。
その一つが、「国民の祝日には国旗を掲揚しよう」、という運動なのだ。

国家を語る大前提は、国旗・国歌を大切にすることだと考えている。


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2013年04月26日

心配性からの脱却

昨日、純粋倫理について「明朗が基本」ということを紹介した。
その続きである。

「明朗が基本」とは言うが、明るく朗らかに暮らせない人は少なくない。
その原因の一つが「心配性」といわれている。

心配性の人は「そんなことまで・・・」というようなことまで、あれこれ思い悩んでいるようだ。

23日のセミナーで、この「心配性」についての説明があった。
「心配性の七つの癖」として次の七項目の紹介があったが、思い当たることが幾つもある。

@過去のことを心配する癖
A先々のことを心配する癖
B己の思うようにならなくて心配する癖
C己を立てようとして心配する癖
D任せられなくて心配する癖
E病気になって心配する癖
F天候気候を心配する癖

凡人とは、自分にはどうする事もできない事まで「心配」してしまうものだとつくづく感じた。

さて、この心配性を何とか脱却できないものかと思うが、その「最短コース」なるものを紹介してもらった。

@目が覚めたらすぐ起きる
A気がついたらすぐする。
B後始末はサット早くする

純粋倫理を勉強し始めて6年ほどになるが、「目が覚めたらすぐ起きる」ことは実践している。
これは、「朝起き」といわれているが、「目が覚めたら床から出る」ことを心がけている。「心がけている」というのは、まだ毎日ではないからだ。

休日などは、つい二度寝をしてしまうものだ。
この二度寝は「わがままの極み」といわれている。

「気がついたらすぐする」、というのはなかなか行動にならない。
後始末も同様だ。

つまり、なかなか難しいが、「すぐやる」ということが習慣化すれば、「心配性」もなくなると思う。
あれこれ思い悩む前に行動するわけだから当然であろう。

「すぐやる」ということを心に強く思い、実践するしかないのである。
純粋倫理は「実践が全て」といわれる所以である。


posted by 伊藤保徳 at 17:33| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

明朗こそ基本

倫理法人会ではほぼ毎月一回の幹部研修会がある。
講師は、倫理研究所の法人局から派遣されるが、幹部研修会を夕方から行い、その地に一泊し翌朝のモーニングセミナーでの講師も務めてもらっている。

研修の対象は変わるものの、講師は同じであり、幹部研修とモーニングセミナーは繋がっており、両方への参加がより勉強になる。
私は両方とも極力出席するようにしている。

一昨日の幹部研修と翌朝のセミナーで、最も印象的だったのが「明朗こそ全ての基本である」ということだった。

純粋倫理では、日常行動の基本を「明朗・愛和・喜働」としている。
「明朗」とは文字通り、朗らかであること。
「愛和」とは、運動創始者の造語だが、仲良くするということ。
そして「喜働」とは、喜んで働くという意味である。

この三つを三角形の三辺に示して説明されるが、底辺に当たるのが「明朗」である。

その三角形を大きくするのは底辺、つまり「明朗」を大きく高める事が重要であるという事であった。

それは、世の中のありとあらゆることについてもいえる。
企業経営(商売、)についても同じであるという。

随分前のことだが、自らを「講演家」と名乗る清水英雄氏の話を聞いたことがある。
その時は「ありがとう」という言葉のもつ力についてであった。

今回の幹部研修で、その清水氏の詩集の中から「明朗な心」の紹介があった。

商売は あきないと という
どうして あきないだろう
それはおもしろくて おもしろくてしかたないから あきない なのだ

いつも おもしろいから 
笑い顔 笑顔がたえないから 商売は《笑売》だ

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
笑顔がたえない いつも活発 だから《勝売》となる

一部だけだが、「明朗」が基本であることがよくわかる。

倫理は何も難しく考えることはない。
「くらしみち」のことであり、実行することが全てである。

「朗らかに暮らす」
誰でも、どこでも実行できることである。

posted by 伊藤保徳 at 08:57| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明朗こそ基本

倫理法人会ではほぼ毎月一回の幹部研修会がある。
講師は、倫理研究所の法人局から派遣されるが、幹部研修会を夕方から行い、その地に一泊し翌朝のモーニングセミナーでの講師も務めてもらっている。

研修の対象は変わるものの、講師は同じであり、幹部研修とモーニングセミナーは繋がっており、両方への参加がより勉強になる。
私は両方とも極力出席するようにしている。

一昨日の幹部研修と翌朝のセミナーで、最も印象的だったのが「明朗こそ全ての基本である」ということだった。

純粋倫理では、日常行動の基本を「明朗・愛和・喜働」としている。
「明朗」とは文字通り、朗らかであること。
「愛和」とは、運動創始者の造語だが、仲良くするということ。
そして「喜働」とは、喜んで働くという意味である。

この三つを三角形の三辺に示して説明されるが、底辺に当たるのが「明朗」である。

その三角形を大きくするのは底辺、つまり「明朗」を大きく高める事が重要であるという事であった。

それは、世の中のありとあらゆることについてもいえる。
企業経営(商売、)についても同じであるという。

随分前のことだが、自らを「講演家」と名乗る清水英雄氏の話を聞いたことがある。
その時は「ありがとう」という言葉のもつ力についてであった。

今回の幹部研修で、その清水氏の詩集の中から「明朗な心」の紹介があった。

商売は あきないと という
どうして あきないだろう
それはおもしろくて おもしろくてしかたないから あきない なのだ

いつも おもしろいから 
笑い顔 笑顔がたえないから 商売は《笑売》だ

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
笑顔がたえない いつも活発 だから《勝売》となる

一部だけだが、「明朗」が基本であることがよくわかる。

倫理は何も難しく考えることはない。
「くらしみち」のことであり、実行することが全てである。

「朗らかに暮らす」
誰でも、どこでも実行できることである。

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2013年04月24日

ブラック企業問題

昨日、愛知労働基準協会の理事会が開催され出席した。
理事会の前に、愛知労働局の神保基準部長カラ講話をいただいたが、その中で「いわゆるブラック企業」のことに触れられた。

「ブラック企業」という名称を始めて耳にしたのは2年近く前のような気がする。
その後、「ブラック企業」という本も出て、一気に一般的になった。

若者を大量に採用し、過酷な労働を強いて「選別」していくような人事・労務管理をしているようで、当然ながら3年未満の退職者がとても多く、若者からも敬遠されているような企業のことを「ブラック企業」というようだ。

ただ、いろいろな事象を対象に「ブラック」といわれることもあるようで、人事・労務管理には今まで以上にきめ細かな気配りが必要となろう。

さて、機能の話しだが、とうとう国会でもブラック企業のことが取りざたされるようになり、その問題点や対策についての内容であった。

問題点は幾つかあるようだが、主なこととしては・・・
まずは「長時間労働」、更には「長時間労働による健康障害」、そして、若者の就活が「安心できる大企業へのシフト」などが主たる問題であるとの認識で、法的側面と就労支援の両面で手が打たれるようだ。

話しを聞いていて思ったのは、どうも「現象に対する対策で、抜本解決にはならない」様な気がした。

経営者のモラルに関わることであり、個人的には「倫理経営」を徹底すべきだと思っている。
やはり、経済至上主義からの脱皮が求められていると思うし、日本独自の「経営姿勢」に立ち戻る必要を感じる。

「競争」という厳しい現実がある中で、それをどう確立するかが課題だろうが、大変難しい問題である。

posted by 伊藤保徳 at 10:29| Comment(0) | 経営改善 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

マスコミ報道の見方

昨日の産経新聞に、教科書検定制度に関して興味深い記事があった。

現在の安倍政権では、第一次安倍内閣で言われていた「戦後レジュームからの脱却」を、一つづつ実行しているように思う。
その一つが「教科書検定制度」である。

記事は「論人」欄で、石川水穂氏が述べている。

要は、『近隣諸国条項は31年前の昭和57年、検定基準に加えられたが、その発端はマスコミの誤報だった』というのである。
事の真偽を述べるほどの情報を持っていないが、「ありそうなこと」と感じた。

内容は次のようだ。
《その年、旧文部省の検定により、日本の中国「侵略」が、「進出」に書き換えられたと日本のマスコミが一斉に報じ、中国と韓国がこの報道をもとに日本政府に抗議してきた。

だが、そのような書き換えはなかった。

にもかかわらず、当時の宮沢喜一官房長官は「検定基準を改め、近隣諸国との友好・親善に配慮する」との談話を発表し、それに基づいて作成されたのが近隣諸国条項である。》(以下略)

安倍首相は、この条項の見直しを指示しているが、誠にもっともな話である。
この条項が教科書全体に与える影響は計り知れないものがあると思う。

では、発端となった「マスコミの誤報」について、各社はどんな対応をしたかということである。

『産経以外は弁明か無視』という見出しのごとく、産経以外はキチンと謝罪をしていないようだ。

マスコミ各社の言い分はあると思う。
しかし、「書き換えられたとの一斉報道」に対して、その後の対応がマチマチなのは「おかしい」と思う。

この事について、記憶は全くないので、「こうだった!」と断言されれば、そうだったんだと思うしかない。

本当のそれでいいのだろうか?
真実を知りたいものである。
でも、こう言う記事を見ると、何(どこ)を信じればいいのかわからなくなる。

いえることは一つ。
「〇〇はこう言っている」と、情報元をしっかり押さえておく事が重要だと思うが・・・。

posted by 伊藤保徳 at 06:49| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

話し方

一週間前のロータリークラブ例会で、「世の中を楽しく生きるための話し方」という話を聞いた。

卓話者は、地元のFMラジオでアナウンサーをつとめる高橋智子さんでした。

さすがに喋りを職業にされているだけあり、素晴らしいスピーチであった。

まず感じたことだが、「楽しく生きるために、話し方はとても重要な要素である」ということだった。
歳を重ね、楽しく暮らしていくには「趣味を持つ」とか、「いろんな人との交流しなさい」などといわれるが、よく考えてみれば「全ては話し合うこと」が基本になっている。

故に、「話し方一つで、楽しくなる!」とは納得である。

そして具体的な内容だが、「ポイントは3点」であった。
@相手を知ること
A声を操ること
B表情 ・・・であった。

「相手をしること」とは、男性・女性と、持っている脳が違うということ。
つまり、男脳と女脳の違いを認識する事だという。

男性は概して「結論を先に聞きたがる」が、女性は状況説明から話をしたいようだ。
男性は「主に左脳を使う」ようだが、女性は「右脳中心」のようだ。

お互いが「思いのまま話し合うと思えば噛み合わない筈」である。

やはり「相手を知ること」は重要である。

Aの「声を操る」というのも納得できる話だ。
声の高低、大小など、場所や相手に合わせて「声を操る」ことは重要である。

Bの「表情」もAと同じように大切なことである。

殊更に「話し方」について書いたのは、先日フェイスブックで「聞き方上手、話し方上手」ということを目にし、以来、いろいろな場所で紹介している。
正に極意!というもので、このブログでも紹介しておく。

『聞き上手のあいうえお』
「あ」相手を見て
「い」意味を考え
「う」うなづきながら
「え」笑顔で
「お」終わりまで聞く

『話し上手かきくけこ』
「か」簡潔に
「き」聞こえる声で
「く」口をしっかり開いて
「け」決して急がず
「こ」言葉に気をつけて

posted by 伊藤保徳 at 17:39| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

プラン・ジャパン

プラン・ジャパンとは公益社団法人で、世界中の恵まれない地域や人に対し、様々な支援活動をされている団体です。
少しばかり支援をさせてもらっているが、かれこれ15年位になる。
聞けば、団体創立30周年とのことである。

日本は寄付に対する理解が低く、こうした団体への支援も決して多くないようだ。

それは具体的な支援活動を知らないことも要因の一つではなかろうか。
そこで、どう団体が発行している広報誌の中から、興味深い記事を紹介する。
それは、「災害の世紀」という記事だ。

今まで耳にしたことはなかったが、21世紀は「災害の世紀」だそうだ。

その「災害の世紀」における必要な支援として6つの問いと、それに対する答えを示している。
Q1 21世紀はなぜ「災害の世紀」とよばれているの?

Q2 災害がもたらす途上国特有の被害とは?

Q3 子どもたちにはどんな影響があるの?

Q4 プランではどんな支援をしているの?

Q5 プランの災害リスク軽減対策とはどのようなもの?

Q6 今後、プラン・ジャパンで予定している支援活動は?

詳しい内容は機会を見つけて紹介するが、こういう団体の活動に目を向けることから始めてはどうだろうか。


Q
Q
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2013年04月20日

人物研究の面白さ

挑戦的ではありますが、人物研究を始めました。
昨日は、日本の近代資本主義の礎を作った渋沢栄一であった。

塾生には一冊の本しか紹介しなかったが、無論これだけでは不十分であり、私からは、参考書籍の紹介を含め、いろいろな情報提供をした。
それだけで一時間以上かかった。

人物研究では、その人物に関わる様々な情報を集め整理し、一口で言ったらどういう人なのかを決める。

問題はそのあとで、結論づけた理由とともに、自身が学ぼうとする項目についてあげることにしている。

そのための情報提供であり、大きな責任を感じると共に、改めて人物研究の面白さを感じている。

自分なりに人物像を描けれるほどの情報量が必要だと思った。
それ程までに人物研究は難しくもある。

ますます挑戦意欲が湧いて来た。



posted by 伊藤保徳 at 15:26| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

人物研究

今日は4月「瀬戸人財塾」である。

本年1月から開始して、4回目後半となった。
今回、経営後継者や幹部社員を対象とした研修で、一番のねらいは「勉強のキッカケづくり」だと考え、進めてきている。

つまり、「自分は何をしなければならないか」の自覚と、「それを実現するためにどんなことを勉強すべきか」を気づき、それに挑戦する気持ちを育てる事にあった。

ねらいを実現する方法はいろいろあると思うが、私は「人物研究」を通じて、それを見つけ出そうと考えた。

自身が成長しようと思う時、必要な知識や能力を考えるが、そうしたものを総合的に認識するには「肖りたい人物」をもつといいと言われている。

また、学びの極意として、佐藤一斎は「言志録」でこう述べている。
『太上は天を師とし、其次は人を師とし、其次は経を師とす。』

要は、第一は「万象から学ぶ」ことであり、次は「人物から学べ」と。
「経」つまり書籍から学ぶはその次であるということだ。

この言葉が頭にあり、「人物研究」をすることにした。

塾生には、予め三人の人物(渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫)に関する本を1冊づつ渡し、読んでもらっている。

4月は「論語と算盤」で有名な、渋沢栄一である。

人財塾の狙いがどれくらい達成できるか。
わたしも出来うる限りの情報提供をするが、塾生の持っている問題意識と人物情報によるところが大きい。

今日午後1時の開始である。


posted by 伊藤保徳 at 06:14| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

知識と能力

今日のモーニングセミナーは、いつもの「倫理」の理論や体験報告ではなく、「自分ブランドのつくり方」に関する内容であった。
「講話」というより、「実践セミナー」といえるかもしれない。

講師は女性だったが、なかなかパワフルである。
いささか「早口」だったので、聞き漏らした言葉も多くあるが、いくつか学ばせてもらた。

第一点は「知識」と「能力」である。
「あることを勉強しよう」と思ったとき、多くは「まず知識」を求めたくなるものだ。
知識は、ものごとを会得する上で必要ではあるが、それを得たからといって、「その能力」が備わったわけではない。

つまり、「知ってる事」と「できる事」は違うのである。

いくつかのセミナーでいろいろな話を聞く。
関連する本も沢山読む。
それで「できるような気になってしまう」場合が多い。

一番重要なのは、「何をしたいのか」を明らかにする事。
そしてそれは、「知識を豊富に持てばできるのか」。
あるいは、「どんな能力を持てばそれができるのか」、を見極めて努力する必要がある。

何となく思ってはいたが、今朝のセミナーでハッキリした。

今日の話の内容は「コミュニケーション能力」についてであったが、人間同士如何にして意思の疎通を図るか、ということで、先ずは心の扉を開かせるステップの話は納得できた。

いわゆる能力であり、「訓練をして高める事が可能」なのである。
実際、会場で二つほどの「実技」を行なったが、確かにコミュニケーション能力の「基礎」というべきものであった。

つまり、相手に対して「褒めること」「反応すること」である。
特に、「褒めること」については、@目に見えること A目に見えないこと B感じること Cその人が嬉しくなること という段階があり、最上級は「D怒りのエネルギーをもって褒める」というもの。

とても納得できたし、このA段階以上の「褒め」をするためには、相手を十二分に調べておくことが重要だということも理解できた。

講師はこれを、「コミュニケーション心理学」といっていたが、これからの社会でますます必要とされる「能力」だと思う。


posted by 伊藤保徳 at 16:55| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

エネルギー問題

昨日、内外情勢調査会の春日井支部懇談会に出席した。
この会合、今年の1月から、名古屋支部と春日井支部二ヶ所にお誘いを受けるようになり、ご好意に甘えて出席をしている。
毎回、充実した内容の後援がありとても満足している。

昨日は、笹川平和財団理事長の木雄次氏による講演で、テーマは『これからのエネルギーと環境ビジネス』であった。

2年前の、福島第一原発の事故以来エネルギー問題が喫緊の課題となった。

河村電器を取り巻く分野でも、太陽光発電所の建設ラッシュのようで、「バブルである」ということも耳にする。
そんな環境もあり、とても興味深い講演となった。

内容は「4つの切り口」からの論評で、とてもわかりやすかった。
1、中東地域の情勢
2、世界のエネルギー事情
3、日本のエネルギー政策
4、日本の成長機会

世界のエネルギー事情で、中国の「省エネ対策、代替エネルギーへの取り組み」は意外であった。
取り組みは「世界一」という説明にはいささか驚いた。

アジア、太平洋地域が世界をリードする時代がすぐそこまで来ているような印象を受けたが、やはり、アメリカとの連携は極めて重要なようである。

また、日本の成長機会として4つの分野の説明があった。
全て「K」がつく。
「環境」「健康」「観光」「科学技術活用」というもの。
これは、多くの識者が指摘するところである。

この分野、あるいは業界に属するという事だけではない。
自社の持つ固有技術や各種ノウハウ、あるいはいろいろな資産を、こうした分野でどのように活かしていえば「ビジネス」になるのかを研究しなければなるまい。

同時に、それに挑戦する気概をどう育てるかにかかって来ると思う。


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2013年04月15日

立志式

「立志式」
なんとも、素晴らしい響きを感じる。
それととても懐かしく思う。

今から20年位前のことだが、私が中学生の頃にお世話になった先生から、中学校で「立志式」を行うので、人生の先輩として講話をして欲しいとの依頼があった。
初めて行うという事であった。

かすかな記憶だが、「今の自分を振り返り、得意な分野で夢を描いて下さい」というような話をした。

4月14日の産経新聞「解答乱麻」欄で、この「立志式」賛同という意見を見た。

日本漢字能力検定協会代表理事の高坂節三氏である。
「立志式」で記念講演を頼まれ出かけた様子が紹介され、「14〜15歳の時期の行う儀式として、好ましい」、という趣旨の文であった。

孔子は「十有五にして学に志す」、といった。
渡部昇一氏も、「この時期が将来を形作る大切な時期であり、しっかりと志を立てる必要性ある」、と言われているそうだ。

自分自身を振り返ってみても、そういう「重要な意味をもつ時期だった」ように思う。
我々の時代は、高校への進学が常識化しつつある頃で、「何のために高校に進学するのか?」を問われていたような気がする。

その問いに対する答えが「立志」であった。

しかし現在は大きく様変わりしている。
とりあえず「大学に進学」というひとが少なくないようだ。
従って、高校の17〜8歳で「立志」を指導すればいいかといえば、そうではないようだ。
その歳では「遅い」というのが、識者の意見であり、「立志式」は14〜5歳というのがいいようだ。

10年位前から「キャリア教育」が盛んになってきたが、それも「立志」と深い関わりがあると思う。

記事で、福岡市の事例を紹介していた。

《福岡市の立志式は、昭和40(1965)年に博多第一中学校(現博多中)で始まり4、5校だけで続けられていたが、この度、市教委が「学習意欲を高める効果がある」として、全中学校への導入を決定したそうである。》

全国に広がることを願っている。

posted by 伊藤保徳 at 07:54| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月14日

「月刊朝礼」

以前から「月刊朝礼」という教育誌のあることは知っていたが、読んだ事はなかった。
先日、この本を出版している会社の新聞記事(産経新聞・4月1日)がありどうしても読みたくなり取り寄せた。

記事は「コミュニケ出版」の下井謙政社長のインタビュー記事だった。

先ずは、この「月刊朝礼」が約30年の歴史を持つロングセラーであるということ。
やはり、会社で「朝礼の重要性や有効性」が認識されていることを感じた。

本の内容は・・・
《1日に1話ずつ、思いやりの心、感謝の気持ちなどをテーマにした文章を掲載しており、身近な話題や古典、作家の言葉などを盛り込み、3分程度で読めるように構成しています。》

そして、朝礼の意義についても述べている。
《社員教育を考える上で大切なことは、朝の時間を有効に使うこと。

朝礼を単なる業務連絡の時間で終らせるのはもったいない。
「月刊朝礼」を読むだけではなく読んだあと自分はどう思ったか、意見を述べてもらう事が重要です。短い時間でも毎日積み重ねれば考える力が養われるなど教育効果が期待できます。》(以下略)

注文したところ、数日で4月号が送られてきた。
中に、《「月刊朝礼」の使い方》というパンフレットがあった。
「なるほど」、という内容である。

以前ブログで紹介したことがあるが、倫理研究所発行の『職場の教養』とよく似ている。
同じだといっていいくらいだ。

朝礼の意義を今更述べるまでもないが、極めて重要である。
問題はその進め方と内容である。

「朝礼?もちろん毎日やってます。」
こんな返事が返ってくるが、目的意識を持って行なわれているかどうかをみると甚だ怪しい。

キチンと行なわれてこその「朝礼」である。


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2013年04月12日

インフレ率目標

昨日名古屋で開催された「内外情勢調査会・名古屋支部」の4月懇談会に出席した。
この会は、今年になってから誘われるようになり、名古屋支部と春日井支部の月例会に出かけている。

今回は、本田悦郎氏(静岡県立大学教授、内閣官房参与)によるセミナーで、テーマは『アベノミクスを考える』であった。
一部の週刊誌では、「アベノミクスの仕掛け人は本田氏である」というような記事があったそうだが、ご本人から「全く違う」という説明があった。
但し、安倍総理とはかなり近い関係で、「デフレ脱却」という問題意識は共有されていた様だ。

マスコミでは「アベノミクス」についていろいろ言われているが、今のところは大成功である。

「アベノミクス」とは、現状の日本経済の建て直しを、三つの政策で実現しようというもので、その政策を「三本の矢」例えてアベノミクスといわれている。
(「金融政策」「財政政策」「成長政策」の三つである。)

本来はとても難しい議論になるところだろうが、とてもわかりやすく解説してもらった。

「デフレ脱却」にしても・・・
「物価が下がり、いいんじゃないの?」といった意見も多くある。
しかし、中長期期にわたるデフレは実は大変怖いもので、何もせずにいれば国そのものが疲弊し、滅亡してしまう危険をはらんでいるそうだ。

日本の経済学者は、あまりにもノー天気だとの説明。

その上で、「インフレ率目標2%」を掲げ、今金融政策が始まったのである。
まずは「デフレからの脱却」である。
その上での「財政出動や成長戦略の展開」なのである。

インフレ率2%というのも、「世界の常識」のようだ。

当面は、インフレ率を2%にするために、日銀の金融政策に期待するわけだが、新総裁は極めて明確な目標を明示し、それに市場(プロのファンドマネージャー)が反応している。

まずは為替が反応、円安にふれた。
それに呼応して株価も上昇、次は企業のバランスシートが改善され、投資意欲が上昇してくる。
こうしてデフレから脱却し、ゆるやかなインフレへと経済が変わる。

こういった内容について解説を受けたが、とてもよくわかった。

アベノミクスに対しての反対派(あるいは批判的意見)についてもことごとく論破されていた。

最後に言われた言葉が印象的だった。

反対派に人たちに、「ではどうすればいいのか?」と訊ねると何も意見がない。
対案がなければ批判するのもおかしい。

何とかしなければいけない。
こういう危機感を持って、多少のリスクをとりながらも勇気ある決断をした安倍総理。
これは素晴らしいことであるし、リーダーのなすべきことである。

私もそう思う。

posted by 伊藤保徳 at 11:44| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

全人教育

中日新聞の夕刊に『あの人に迫る』というコーナーがある。
月に数回掲載されていると思うが、とても参考になる。

言志録で有名な佐藤一斎が述べている。
『太上は天を師とし、其次は人を師とし、其次は経を師とす。』
つまり、「人から大いに学べ」ということだ。

『その人に迫る』では、その人となりをクローズアップさせようとしており、その中に学ぶべき点は多い。

4月5日は中島尚正氏であった。
中島氏は、中高一貫全寮制の「海陽中等学校」の校長先生である。

この学校は、トヨタ自動車やJR東海、中部電力など、中部の有力企業が次代のリーダー養成を掲げ、2006年に設立したものだ。
中学、高校の一環校で、6年間の学業を終え、今年卒業したのは二期生であった。

中島氏へのインタビュー記事は、この学校の意義についてものであった。
それは、中島氏の「人づくりに対する価値観」そのものであるように感じた。

まず、「人間力とは何か?」
《人間味や覇気に富み、異質なものとも折り合いがつけられる、社会性の根幹に関わる能力が人間力》

端的に言えば「共同生活ができる」ということである。

次に、「次世代のリーダーとは?」
《人を引っ張っていくには、相手の心を動かす魅力が必要です。学力や理屈を振り回しても、人はついてきません。くじけず、他人を理解する。組織のことを考えて行動する無私の心もリーダーの資質です。》

この二つのことを、「全寮制による共同生活」で育てようとしているのである。
更には、「自由時間の使い方」にも工夫がなされている。

自由時間における娯楽とは、《「仲間と語り合う」ことにつきる》と言い切られている。
「凄い考え方」だと思う。

記事の中で印象的なのは、協力企業からの人材派遣である。
一年毎に30人ほどが、学生と寝食を共にしているとのことだ。
一緒に生活し、生活習慣や規律などを指導する「フロアマスター」という制度だそうだ。

想像するに、学生はもとより、派遣された各社の社員も大変勉強になると思う。

やはり、ある若い時期にこういう全人教育が必要だと思う。
教育というより「ひとづくり」という言葉がふさわしい。


posted by 伊藤保徳 at 08:00| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月10日

新聞活用教育

4月1日付の中日新聞に、「中日いきいき学習賞」の内容が載っていた。
中日新聞社が主催した「新聞を活用した教育」に熱心な教員に授与される「賞」である。

以前から、この新聞を活用した教育には興味があり、学校だけではなく企業でも実施したらいいと思っている。
社会人になっても新聞はもとより、紙での活字を見る機会が極めて少ないようだ。
「ネットで事足りる」かもしれない。
しかし、人材育成という視点から見れば「活字に親しむ」ことの効果は大きと思っている。

受賞した教諭の言葉である。
『6年前、《新聞ファイル》を取り入れた。
児童はほぼ毎週、一週間分の新聞から好きな記事を切り抜き、百字以内で感想を書く。

最初はスポーツ好きの子なら記事は野球やスポーツばかりだった。
でも続けていくうちに、いじめ自殺や隕石落下など、世の中の動きに関心が高まった。』

『気になる記事を紹介する朝のスピーチ活動をしてきた。
思いやりや優しさを取り上げた記事が出ると、スピーチ後に自然と拍手が起こり、教室内が温かい雰囲気になった。』

『昨年4月から月2回のペースで生徒に作文を課した。
テーマは体育祭の感想や家族、部活について。
中日新聞社などに投稿し、今までに約百本が掲載された。』
(この活動により、新聞を毎日読む生徒が4月の8%から21%になったという。)

こんな活動内容と成果についてのコメントが載っていた。

会社の新人時代に行なえば、学生から社会人への切り替えが早く行なえること間違いないと思うが・・・。

特に、小規模の組織(営業所、出張所など)での育成には効果があると思う。


posted by 伊藤保徳 at 15:42| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

高校の教科書

先月(3月26日)、文部科学省が来春から使われる高校教科書の検定結果が公表された。
詳しい内容までは承知していないが、「東日本大震災」や「福島第1原発事故」に関する言及が目立つという。

実際に教科書を見ていないので、とやかく言うのは適切ではないと思うが、その一部についての論評があったので紹介する。

産経新聞の4月2日号。
「視線」という欄で、政治部編集委員の阿比留瑠比氏が「教科書に載った元首相」のことについて述べている。

災害が発生した当時の首相、菅氏のことである。

記事によれば、菅氏は日頃から側近に「俺は歴史に名を残したいんだ」といっていたそうだ。
早くも教科書にその名が載ったという事で、皮肉った紹介である。

歴史の教科書にある記述。
「震災処理の不手際もあて菅内閣は同年8月に総辞職に追い込まれ、かわって野田佳彦が組閣した」(日本史A)

「菅内閣は、放射能汚染の情報を十分に国民に開示しなかったことや、復興計画の立案と実行が遅れたことから、国民の批判を浴びて倒れた」(日本史B)

未来永劫この表現が続くかどうかはわからない。ただ、あの大災害に対する政治責任言及されるだろうし時の責任者の名前も出てくることだろう。

国内の問題だけではないだろう。
今後、世界の情勢の中で日本の外交姿勢についても民主党政権3年間の事はいろいろ言及されることだろう。

学校の教科書は新聞や週刊誌とは違い、国家としての「統一的見解」といっていいだろう。
教科書の検定制度が「客観性が高い」ものとすれば国としての見解といえよう。

こうまで言われながら、今だ公職に止まっていることを不思議に思う。

記事の最後でこう述べている。
《首相退陣後の菅氏は、事故の最高責任者として被災地を回るのではなく、個人的趣味の四国霊場八十八カ所巡りを再開した。

結局、国民や被災者よりも、自分探しの旅のほうが大切なのだろう。(中略)

「鳩山由紀夫元首相と菅氏の名前は、できるなら日本の政治から抹消したい」
政治評論家の屋山太郎氏はこう語る。
だが、その名は、ある意味で長く語り継がれることになりそうだ。》

自由主義を誤った理解すると、こういう人間(自己中心)になるということを感じた。


posted by 伊藤保徳 at 06:34| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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