2012年10月31日

市の広報活動

今週月曜日から島根県にきている。
二泊三日の一人旅だが、全くのプライベートいうのは初めての事。
主には、出雲で開かれている神話博の見学であったが、今日はもう帰るだけとなった。

昨日、JR出雲市駅の構内で,出雲市の広報誌を手に入れた。(2012年11月号)

宿に戻ってから見たが、他市の広報誌を見る機会がほとんどないので勉強になる。

因みに出雲市は人口約17万5千人、6万世帯である。
一般会計の歳入額は、812億円だ。

目に付いた記事は子供に関すること。
11月が児童虐待防止推進月間ということもあろうが、 「子供は社会の宝、地域社会で子育てを支えよう」と,多くのページを割いていた。

「いずも子どもウイーク」という取り組みもあるようで、いろいろな催しの案内が載っている。

また、放課後児童クラブの一覧と、入会募集があるが、クラブ数の多いのに驚く。
全部で43クラブ。
わが町瀬戸市には、放課後の児童クラブと言えるモアスクールというのがあるが、まだ数えるくらいだ。

子供会の数も年々減っていると聞く。

出雲市は子どもに対して力が入っていると感じるが、保育所や幼稚園の数にもそれが現れている。

保育所が53カ所、幼稚園が30カ所ある。
これも驚きである。

詳しいことはわからないが、17人口の町で、未就学児童を預かってもらえる所が80カ所以上あるというのは、子育てにいい町と言えると思う。

広報誌は町の実態を表している。
市の広報であり、市民への生活サービスが第一義ではある。
ゆえに、行政の力点が現れるものだと思う。


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2012年10月30日

島根県の財政

昨日から島根県に邪魔してるが、県の財政が相当厳しいようだ。

全く知らなかったが、夕べホテルにチェックインし部屋にはいってテレビをつけたところ、NHKのローカルニュースをやっていた。
そのトップニュースが、島根県の財政に県民代表が意見をいう会が開かれたというもの。

部屋に用意されていた新聞(山陰中央新報)の「論説」には、島根県の財政見通しであった。

記事によれば、現在財政再建に取り組んでいる最中で、2017年度の最終年度まで継続努力が必要という見通しだそうだ。
ただ、このところ緊縮財政の悪影響がで始めているようで、とても大変のようだ。

私が住まう愛知県はまだ恵まれているようで、そういう話は聞こえてこない。
でも、決して対岸の火事ではないと思う。

島根県の財政で、費用の削減効果はやはり人件費だったようだ。
記事にもそうある。
昨今、官民格差(特に所得)が話題になっているが、島根県では今までの給与カットから本年度から「県内民間事業所の給与水準に合わせる地域給の導入」を始めたそうだ。

やっとそこまできたか、という感はあるが何歩か前進である。

人件費カットといって,数千円でお茶を濁している自治体が多いなか立派である。

右肩上がりは幻想で、80年代で終わったことを早く自覚すべきである。

posted by 伊藤保徳 at 06:38| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月29日

出雲の国へ

今日から水曜日まで、島根で開催されている神話博に出かける。

神話は我が国建国を知る上で、知っておきたいと思っている。
以前、伊勢神宮に行った時、少し説明を受けたが、なかなか難しい。

神の名前を覚えるだけでも大変だ。

偶然だが、名駅構内の売店で、梅原猛さんの本を見つけた。

新潮文庫である。

刊行日を見たら、平成24年11月1日とあった。

タイトルは「葬られた王朝」で、副題に古代出雲の謎を解く、とあり早速買い求めた。

出雲までの道中読んでいくつもりである。

posted by 伊藤保徳 at 11:17| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月28日

俳優の講演

昨日、国際ロータリー2760地区(愛知県)の「地区大会」が名古屋で開催され出席をした。
正確には、昨日と今日に二日間であるが、私は所用で昨日の第一日目だけの出席だった。

型どおりのセレモニーの後、俳優の紺野美沙子さんの記念講演があった。

プロフィールの紹介で、国連開発計画(UNDP)の親善大使であることを初めて知った。

演題は『思いやりの気持ちが平和をつくる』であったが、今年度の国際ロータリーの方針が「奉仕を通じて平和を」であり、的を得た内容だろうと期待していた。
90分の講演であったが、途中パワーポイントなども使いわかりやすい内容だった。

それにしてもさすがに俳優だ。

言葉のひとつひとつを実に丁寧に使っていた。
時々数秒間の沈黙が実に心憎い。
聞けば、2010年の秋より「紺野美沙子の朗読座」を主宰され、音楽や影絵、映像など様々なジャンルのアートと朗読を組み合わせたパフォーマンスを定期的に開かれているという。

わたしはこの朗読座のパフォーマンスを見たことはないが、恐らく、昨日の講演のようではないかと想像した。
ステージ中央に演台があり、両サイドに大きなスクリーン。
会場内2台のカメラが彼女をいろいろな角度から捉えていた。

演台の横に立ち、全身を見せハンドマイクでの話であった。
時にステージからおり、会場に人たち一人一人に語り掛ける場面もあった。

「見せる、見てもらう職業」だからできる芸当のような気もした。

そして演題である「思いやりの気持ち・・・」であるが、最も印象的なフレーズは「俳優の役作りと同じ」というものだった。
俳優は、役をもらい、その役を演じるのが仕事だが、そのためには、「その人の生い立ち、環境、社会とのかかわり」など、なるべく多くの場面を想像しその人(役)の気持ちに近づくこと。これが演技に入る前の役づくりだという。
『「思いやり」とか、「思いやる」ということと同じではないでしょうか・・・』
こんな問いかけをされ、会場のほとんどが納得したと思う。

私もその一人だ。

こういうのが「真の語り」なんだろう。

講演の内容よりも、彼女の「語り」に魅了された講演会だった。

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2012年10月27日

質問の落とし穴

大衆の声を聞くといってアンケート調査がよく行なわれる。
しかしそこにある質問は極めて単純化されており、真意が反映されにくいというものもある。

アンケートの「結果を読む場合」は、質問と併せ読むことが大切だと思う。

先の政府が行なった「原発の将来」に関するアンケートも問題があるような気がする。

産経新聞の10月19日「正論」で、双日総合研究所副所長の吉崎達彦氏がこの「原発アンケート」についての問題指摘と、『「原発ゼロ」は愚の骨頂』と批判していた。

まずアンケートであるが・・・
2030年の原発比率は
1、0%
2、15%
3、20〜25%
この内どれがいいですか? とだけ国民に問うたのである。

この場合、「0%がいい」と答えるのは自然な人情であろう。
ここで問題なのは、「0%にした時の付帯条件」であると吉崎氏は言う。
つまり、「原発0%」の付帯条件を知らせないままの質問は意味が無く、意図的に「0%」に導こうとしているといいたのだろう。

多くの国民はその付帯条件を知らない。
いや、知らされていないといった方が正しいかもしれない。

では、何のためのアンケートなのか、ということになる。

現政府お得意の「民意」を反映するという姿勢であろう。

この事についても痛烈に批判している。(以下、原文からの引用)
《政治家は政策を考える時間があり、官僚に命じてあらゆる情報を知りうる立場にあり、そのことで報酬をもらっている。いわばプロであるはずの政治家が、なぜかアマチュアである「民意」に答えを求めようとしている。

選挙で選ばれた選良が、民に代わって重要事項を決定するのが議会制民主主義のあるべき姿である。
「国民的議論を」と言いつつ民意におもねる政治は、かえって国益を損なうものではないか。》(以下省略)

日本のエネルギー政策。
極めて重要な課題である。
その大きな方向性を、民意(情報をほとんど持たない国民の声)に委ねるのは問題である。

どうか、国家として好ましい方向への舵取りをしてもらいたいものだ。

企業が行なっている各種調査も、気をつける必要がある。
「全体的には・・・」「一般的には・・・」「平均的に・・・」という言葉には気をつけたいものだ。


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2012年10月26日

大会宣言

24日から今日まで、第71回全国産業安全衛生大会が富山市で開催された。
私は二日目からの参加で、開会の式典の中で採択された「大会宣言」は、昨日文科会の会場入り口でもらった。

労働災害が増加意傾向にあり、厳しい内容であった。

「大会宣言」というもの、余りしっかり聞いたこともないと思うので、全文を紹介する。

「大会宣言」
我が国の労働災害は、関係者のたゆまぬ努力により、長期的には着実に減少してきたが、昨年、一昨年と二年連続で災害発生件数が増加した。

このような事態は、実に三十三年ぶりのことであり、さらに、本年もその増加傾向に歯止めがかからず、極めて憂慮すべき状況にある。

特に、これまで着実に減少していた製造業や建設業の労働災害が増加に転じ、また、第三次産業などにおいて災害減少の兆しがみられない。

この背景には、安全衛生管理体制が確保されていなかったり、弱体化することなどによって、リスクアセスメント、危険予知活動、安全衛生教育等の労働災害防止への自主的な取組みが低下していることがあるのではないかと懸念される。

いかなる経済情勢下にあっても、労働災害はあってはならないものである。

今日このような状況を打破するため、事業場の安全衛生活動を今一度総点検し、安全衛生管理体制の充実、個々の労働者の状況に即した効果的な安全衛生教育の実施、創意工夫に基づく効果的な自主的安全衛生活動の実施などの取り組みを徹底すると共に、これらを推進する人材の養成など、事業場における安全衛生管理の基盤を強化していくことが必要である。

本大会を契機に、労働災害の増加傾向に歯止めをかけ、労働災害による犠牲者をこれ以上出さないという強い決意のもと、全ての関係者が一丸となって、労働災害防止対策に取り組むことを誓う。

以上のような内容である。

少し気になることがある。
「自主的な取り組みの低下・・・」とか、「自主的安全衛生管理活動・・・」というところである。

「自主的」というのは日本企業のお家芸ではあるが、災害防止は事業場トップの強いリーダーシップが不可欠であるということだ。
その下で、各自が「安全や健康」への意識をたかめ、その職場独自の「安全文化」を創りあげることが好ましい活動だと思う。

ともすれば、安全衛生管理の名のもと、細かなことばかりに気をとられ、本来の組織運営がなされてないのではないかと危惧する。

小手先のテクニックだけではなく、「職場の雰囲気をよくする」「強固なチームワークをつくる」という方策から「災害防止」の実を上げる取組みがあっていいのではなかろうか。


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2012年10月25日

古典の日

今年から11月1日が「古典の日」として法制化されるとのこと。
国民の祝日になるわけではないが、古典の教訓を現代に生かそうという狙いのようだ。

10月14日の中日新聞社説に、この「古典の日」に関する主張があった。

まずは「古典の日」の目的を紹介している。
《心のよりどころとして古典を広く根付かせ、心豊かな国民生活及び文化的で活力ある社会の実現に寄与する》
「古典をもっと学ぼう!」という願いは理解できるが、「古典そのもの」の範囲が広く、捉えにくいという側面もある。

「心のよりどころとしての古典・・・」ということになると、日本の古典もさることながら、中国古典を思い浮かべることが少なくない。
我が国のことであり、わざわざ日本古典と断わる必要性は無いかもしれないが、私は古典と聞いて《四書五経》などを思い浮かべた。

改めて「制定の背景」みてみると、「源氏物語千年紀委員会」の提唱で、紫式部日記で、源氏物語に関する記述が始めて登場するのが1008年11月1日とのことである。

このことから察すれば、古事記などを含めた日本古典を対象にしてるのだろう。

さて社説では、「古事記気」を取り上げている。
そして古事記から学ぶべきは、「言葉」だとしている。
「言挙げ」とか「言霊」という表現が、万葉集や古事記に登場しており、古くから「言葉の大切さ」が言われていることを紹介し、現代社会、とりわけ政治家の「言葉の軽さ」を批判していた。

個人的な見解だが、「古典の日」の制定を機に、学校教育での「日本史」を「国史」に名称変更し、「古事記」をよく勉強してもらいたいと思う。

大人にも必要であろう。


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2012年10月24日

純粋倫理とは

今朝は6時から恒例のモーニングセミナーがあった。
昨晩は幹部を対象とした研修会があり、倫理研究所からの派遣講師である玉田名誉専任研究員からの講義があり、今朝のモーニングセミナーでも引き続いて講話があった。

60歳の定年まで兵庫県庁に奉職され、その後倫理研究所に入所され10年余になるという。
公務員時代から倫理を実践されていたとのことであるが、60歳を過ぎてから研究員になられ、普及をされていることに敬服する。

そうした経歴もあり、言葉一つの重みが違った。
今までに聞いたことがあると思うが、今朝聞いた言葉は新鮮であり、重みもあり腹に落ちた思いである。

純粋倫理とは何か、ということだ。

倫理とか道徳とかよく口にする言葉である。

倫理には「絶対」、「純粋」、「地球」等の言葉をつけ、一般的にいうところの「倫理」とは違うということを訴えている。

道徳でも「最高道徳」という教えがある。
こちらも一般的に言うところの「道徳」の違いを述べている。
つまり道徳を三段階に分けている。
「不道徳」「普通道徳」「最高道徳」の三つであり、一般に言う道徳のことを「普通道徳」といっている。

そこで、あらためて「純粋倫理とは何か?」である。
今朝の講話でシンプルに示された。

1、実践が身上
2、苦難が学びの手がかり
3、心が先行

それぞれに、言葉の表面的理解ではなく「意」や「想」を汲み取る必要があろう。

書いて見て思うのは、「自身を高めることそのものである」ということだ。
日々心したい三項目である。


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2012年10月23日

生きるヒント

先日、医師会や商工会の協力のもと「職場健康フォーラム」を開催し、その中での記念講演を紹介した。
講演は愛知教育大学名誉教授竹内氏であり、内容は「ストレスへの対応」であった。

ファーラムのメインテーマが「メンタルヘルス」であり、「メンタル不調」とか「ストレス耐性」等が中心話題となるが、よく聞くと、それは「日々の生き方」に関することであった。

つまり、日常的にどんな心がけをもって生きているかどうか、その一点につきるといって良い。

さて、その日の竹内先生の話の中に、「性格の話」があった。
自身のこと、そして相手の性格を大まかに把握する意味で、興味深く聞いた。

数日後、ある雑誌(「清流」11月号52ページ、『カマタ流 生きるヒント』)に、同じことが載っていた。
こちらは文字情報であり、正確に紹介したい。

医師で作家である鎌田實氏の連載記事のようだ。
今号では冒頭「仏陀」の言葉が紹介されている。
 怒りには、怒らないことによって打ち勝て。
 悪には、善の行いによって打ち勝て。
 物惜しみには、分かち合いによって打ち勝て。
 真実によって、虚言の人に打ち勝て。

このあと、人には「がんばるタイプ」と「がんばらないタイプ」があり、接し方を変えなくてはならないと・・・。
R・HローゼンマンとN・フリードマンという二人の精神学者が行動パターンを基に人間の性格を「タイプA」と「タイプB」とに分けました。

「タイプA」
積極的で情熱的な努力家。成功願望や競争心が強く、野心家で負けず嫌いです。
このタイプは心筋梗塞、冠動脈疾患、心臓発作、脳卒中など血管系の病気を発症しやすいのです。
目標が高いために、慢性的なストレスを抱えやすく、ちょっとした不満や失敗にも激怒してしまう。

「タイプB」
マイペースで行動する傾向があり、他人との勝ち負けにそれほどこだわらないので、比較的リラックスして生活できるタイプ。
だから血管性疾患のリスクが低い。

もう一つあります。
T・モリスという人が提唱した「タイプC」という性格。
真面目で几帳面で自己犠牲的で、感情を押さえがち。
「自分が努力すればなんとかなる」とものごとを背負い込む。

例えば怒りの感情があっても、それを抑圧して自分の中で処理してしまうタイプ。
それがたまりにたまるとキレたり、病気の引き金になったりする。

自身の性格を知り、何とか「Bタイプ」に近づけようとする人もあろう。
しかし、自身の性格を変えることは並大抵なことではない。

ようは、性格ごとの「リスク」を知り、それに対して注意を怠らないことである。

そういうふうに考えた時、冒頭に示された「仏陀の言葉」が生き方のヒントになるのでは・・・という記事内容だった。


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2012年10月22日

運動のすすめ

昨日、「高齢化問題」を取り上げた。
日本は高齢化に関して「課題先進国」であり、新しい社会システムをつくりあげ、世界に発信していくべきだ。しかしその活動が一向に見えない。「課題を自覚」するべきだ・・・ということだった。

中日新聞の10月17日号で、厚労省が高齢者に対して「運動のすすめ」という方針を示した、という記事があった。
内容は、高齢化の進展で「介護予防の重要性」が増してきているので、その対応策として、国として『運動指針(エクササイズガイド)』を改定する方針を決めた・・・というもの。

まずは、この『運動指針』の存在である。
私の勉強不足なのか、この指針を全く知りませんし、聞いたこともありません。

その分野(介護要望とかエクササイズに関するNPOなどの団体)の人はよく知っているかもしれないが、隣近所でも耳にしない。
国としての指針だが、その実施はNPOなどへのまる投げの場合がよくある。

国が真剣に「介護予防」の一環として「運動指針」を徹底させようという気があるようには思えない。

さて、運動指針の改定の内容だが、今までの対象範囲から、新たに70代以上にまで広げるとし、草むしりや農作業など、日常生活の中で積極的に体を動かすことを呼びかけようとしている。

運動の種類や日常生活での活動ごとに、エネルギー消費量を「エクササイズ」という独自の単位に換算して例示。
「屋内の掃除20分」や「子どもと遊ぶ15分」などが1エクササイズに相当するとし、1週間に23エクササイズ以上を推奨するという。

冒頭のべた「高齢化社会」での「介護予防対策」という一つの方策である。
言うなれば「健康寿命を伸ばす」という目的である。

しかし、こうした施策が所轄官庁から別々に出てきては混乱するばかりである。

国の課題であり、まずは大本でキチンと方向を示し、その上で各役所に「施策指示」をするべきである。
こうしたプロセスを国民に示すべきであるし、そのことが、国民の意識を変えていくことにもなると思う。


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2012年10月21日

課題の自覚

我が国の課題だとして「少子高齢化」が言われ出してから随分時が経過しました。

日本の総人口が減少し始めたのが2007年か8年という記憶であるが、すでに少子高齢化の具体的な現象が現れてきている。
しかるに、一向にその対応策が示されておらず、日本はこのまま「座して衰退していくのか?」と思ってしまう。

政府も民主党政権に変わり、「少子化担当」(少子化対策相)という大臣ポストはあるものの、この3年で10人も変わっており、とても真面目に対策を考えているとはいいがたい。

バブル経済の崩壊以降、失われた10年とか20年とか言われるが、この三年は「日本が崩れ出した3年」だと思っている。

10月17日の産経新聞に、高齢化についての主張があった。(「主張」欄)
《高齢化するせい秋にあって、日本は「課題国」の自覚を!》という内容である。

高齢化は世界ですすんでおり、途上国ではそのスピードが速いようだ。
国連人口基金(UNFPA)と国際NGOヘルプエイジ・インターナショナルによる報告書によれば、世界で60歳の誕生日を迎える人は年間「5800万人」に達し、「1秒に2人づつ増えている計算」である。

こうした状況をふまえ、「安定した年金・医療保険制度」「雇用と定収の確保」「社会ネットワークの整備」「法的保護」などの対策が必要だと指摘している。

世界的にも課題とされているが、そんな中で日本は「課題先進国」だ。

世界が日本の「施策」に注目しているといいだろう。

経済力では世界2位から3位になってしまい、今後も順位を下げることになるが、先進諸国における共通的な課題を「人類の知恵」を駆使して解決していくことは、そのことをもって世界をリードすることは可能だ。

いうなれば、国際的に日本の存在をアピールするチャンスでもある。

多くのハードルのあることは理解できる。
しかし、国として「方向性も占めさず、何もしていないように感じてしまう」のは問題だ。
記事にあるように、「自覚不足」である。

高齢化は「高齢者対策」という問題ではなく、『少子・高齢化社会』に対し、どういう社会システムをどうつくり上げるか、という「課題」と認識すべきである。

こういう課題こそ「国民会議」で議論し、社会システムと国民の意識を変革するというプロセスをたどるといいと思う。


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2012年10月20日

法人会設立記念講演

昨日、豊田市東準倫理法人会の設立式典と記念講演会に出席した。

式典は「型どおり」に進められ、とても厳粛な気分であった。
冒頭の「国歌斉唱」はややスローテンポであり、これにより、雰囲気が重厚なものになった。

時間通りに進行され、記念講演が始まった。
今回の講師は倫理研究所の法人局局長、内田文朗氏であった。
演題は「目標は高く 実践は足下から」で、提唱されている「倫理経営の実践」という内容であった。

内田氏の話は2〜3度聞いたことがある。
今までの印象は「理詰め」というもので、少し硬めの話し方というものだった。
しかし今回は違っていた。

倫理経営の実践をとてもわかり易く解説されたし、会場からの笑いもあって、素晴らしい記念講演であったと思う。

話の中で特に印象的な言葉を幾つか紹介する。
・「目標は高く、実践は足下から」というのは、先代の理事長がよく言われた言葉のようで、「目標と実践の間」に二つの言葉が入るとのこと。
 目標は高く・・・志は高く置く。
 頭は低く・・・・常に感謝の心を。
 信念は強く・・・やり遂げるという強い心。
 実践は足下から・・「実践」とは自己革新、自ら作った殻を打ち破ること。

・人が集まれば一つの集団になる。烏合の衆から一つの目的に向う組織となって大きな力を発揮することになる。
 これを「三共」という。@共通の目的 A共通の利益 B共通の脅威

・人は一人では生きててはいけず、生かされている。それは、社会の中である「役割」を担っていることに他ならない。それは一つではない。
家庭にあって夫という役割、父親という役割、会社にあっては〇〇という役割、町内では〇〇という役など、「その役を知り」「その役を果たして」「決して役を超えない」

これ以外にも多くメモをしてきた。

経営の本質に関わることなので、今後の活動に大いに参考となる。
これからの時代、倫理経営を実践することは必須うだと感じた。


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2012年10月19日

こまいぬ座

こまいぬ座の後援会ニュースが送られてきました。
今号で30号になるとのこと、まずもってお喜びを申し上げます。

「こまいぬ座」というのは、正式には『瀬戸子供太鼓こまいぬ座』といい、名前のごとく子供たちの和太鼓演奏グループのことです。
メンバーは小学生から中学3年生までの子供たちですが、年長さんからの「太鼓教室」も開かれています。

結成は今年が22周年なので2002年ということになります。
瀬戸市が「万博誘致活動」をしている時でした。
私の記憶では、誘致活動の一環として瀬戸市のPRに大いに貢献されました。
海外への演奏旅行も数多くしています。

現在、「こまいぬ座」の代表らと付き合いがありますが、一番興味のあるところは、子供たちへの教育効果という点です。
太鼓の演奏が活動の中心です。
それは厳しい練習によって実現できていますが、子どもたちはその過程で演奏以外にいろんなことを学んでいると思います。

一種の部活のようでもあり、塾のようでもあります。

太鼓演奏で何よりも重要だと思うのは(素人ながら)「皆に合わせる」事ではないでしょうか。
個人の技術も必要ですが、「皆に合わせ、合わせながら技術を磨いている」ような気がします。

気持ちをあわせることにより、「仲間意識」が育ち、仲間を「思いやる心」を育てます。

そんなことを感じながら子供たちの演奏を楽しんでいる一人です。

この「こまいぬ座」を卒業した人を知っていますが、その言動や立ち振る舞いを見ていて、それはこまいぬ座で培われたものだと思ってます。

関係者はもとより、子供たちの親御さんたちの協力体制も見逃せません。
子供らがいい演奏が出来るように、あらゆることに協力されているようです。

それを子供が見ながら成長しています。

今後も長く継続してもらいたいものです。

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日本を学ぶ

1年位前から気になっている人物がいる。
明治天皇の玄孫で、慶應義塾大学の講師である竹田恒泰氏である。

初めてこの名前を知ったのは、PHP新書の2冊の本である。
『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』
『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』

日本のこと、そして日本人のことがとてもわかり易く解説してあった。

その後テレビ(「たかじんのそこまでいって委員会」)でも見かけるようになったが、語り口が爽やかでわかりやすい。
今や、「天皇制に関すること」や「憲法改正議論」には欠かすことの出来ない知識人だといえる。

その竹田氏のことを取り上げた記事があった。
月刊誌「清流」10月号の「きらめきびと」というコーナーに『日本の輝きを取り戻すための「日本を正しく学ぶ場所」づくりを!』として竹田氏の活動を紹介していた。

平成19年、有志の依頼によって「竹田研究会」がスタートしたそうだ。
発足時は30人ほどの参加だったそうだが、現在の会員数は約5500人とのこと。

内容は日本の国のルーツや古事記の解説などだが、この研究会での連続講義について竹田氏が語っている。
《「日本人が日本について知るのは、自分のルーツをしることでもあるから「わくわく」の連続です。人間が本質的に求める内容なので、スポンジが水分を吸い込むような感覚があるのでしょう。本来は国や家庭で教えるべき事柄ですが・・・。」》

やはり学校の歴史教育に問題がある。
特に戦後の教育にである。

学校教育での歴史といえ、事件と年号を記憶することが中心で、高校以上では全く重視されていない。

我が国の建国や歴史の変遷は「日本史」などといわず、「国史」として位置づけしっかりとした教育内容にするべきだ。
特に明治維新後、日本が近代国家に成長していく過程はとくに重要なところである。

日本を正しく学ぶ必要性を今まで以上に強く感じる今日この頃である。


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2012年10月18日

才能を私物化しない

一昨日の朝、恒例のモーニングセミナーだった。
今回は私の担当で、「経営のこころ」と題し、月刊誌「致知」なども参考にして45分間話した。

その中で、稲盛和夫氏が言われている「才能を私物化しない」という言葉をとりあげた。

氏は、『才能は天から与えられたものだから公のために使うべきだ・・・』と述べている。

稲盛氏の言葉だからきっと深い意味があると考えるが、この言葉だけをみると「そんな風に考えたことはない」という感想を持つ人が大半だろう。

『才能は天から・・・』
なかなかこんな境地にはなれないものだ。

もって生まれた才能というものがあるとすれば「天から与えられた・・・」と思えるかもしれないが、人が持っている才能というのは、生まれてからいろんな経験や学習を通じて花開いているのではなかろうか。
つまり、その人の努力が実りて「才能」となっていると考えていた。

従って、「天から・・・」とは思いにくいのである。

しかしよく考えて見ると、自分ひとりだけの力(努力)だけで得られているものはごく僅かである。
環境を含め多くの支援や協力があってこその修得である。

このように考えると、そうして得た才能をどう使うかをよく考えなくてはならない。
その才能を使い、世の中にお返しをすることかもしれない。
それは、「人を育てることに他ならない」のではなかろうか。

こんな思いを述べた。

まだ、しっくりと腹に落ちてないが、自分流の解釈を持ちたいものである。


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2012年10月16日

いい言葉

瀬戸市倫理法人会で勉強するようになり、多くの「素晴らしい言葉」を知った。
一つに絞るのは難しいが、敢えていえば「喜働」という言葉である。

先週末のことだが、法人会の広報担当から「県の会報誌の表紙に掲載したいので、元気になれる言葉を書いて欲しい」、という依頼があった。

「なぜ私か?」
即座に質問したが、「我々の会が当番であること」、「思い浮かんだのが伊藤だった」という回答。
広報担当の立場もあり、土曜日に書き上げた。
「元気になれる言葉」という注文であったが、迷わず「喜働」を書いた。

この「喜んで働く」ということについて、働き方を説明した一文があるので紹介する。

《働きには様々な段階があります。
@イヤイヤ・ダラダラ、惰性、打算のレベル
Aガンバリズムに陥り、独りよがりのレベル
B働く喜びにあふれているレベル
C働かずにはいられないという感謝報恩のレベル
D仕事そのものが楽しく喜びに溢れ遊んでいるのと同じ感覚のレベル

@Aは働き手の心が自分本位の思考にあるのに対し、CDは相手優先の思考傾向であり、利他の精神が強いという違いがあります。

倫理運動の創始者・丸山敏雄は働く人の心を、次のように記しています。

己が何も求めずに働くとき、その働きに応じて報いられるということが倫理の原則であることが明らかにされた。
故に、これまでの世の勤労者の働きとその心構えは、まるでさかさまになっていたのである。
それは、飽くなき己の欲求のために働いていたのである。そして、『働けど働けど我が生活楽にならざりじっと手を見る』ことになったのは、当然である。》

現実問題、「仕事そのものが楽しく喜びに溢れ、遊んでいるのと同じ感覚」になるのは難しいと思われるが、振り返ってみてみると、仕事をやっていて、「ある部分とかある時間」、楽しくて時間のたつのも忘れていたという経験を多くの人が持っている。

この事をきっかけにして、それを広げてゆけばいいのである。
つまりは「一所懸命」に取り組むことであろう。
懸命になる最初の一歩は「喜んで!」という前向きな心を持つことだ。

懸命に取り組んだ仕事には、金銭とは違う報酬が必ずあるものだ。


posted by 伊藤保徳 at 06:27| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

日本国憲法を考える

10月12日産経新聞に、全一面を使った「意見広告」があった。
公益社団法人日本青年会議所の「日本国憲法の草案発表」の内容だった。
私が知っていたJCの活動とは趣きが違うので少し驚いた。

しかしながら広告の内容や、翌13日の記事(産経新聞)を見ながら、素晴らしい活動だと思った。

私自身、「日本国憲法改正」に賛成の立場をとっている。
何よりも、国家としてのアイデンティティーを明らかにするべきだと思っているからである。

国旗や国歌の取り扱いなどでもそうだ。
国旗の掲揚や国歌の斉唱についての是々非々が裁判で争われるなって全くナンセンスである。

近隣三国との領土問題や米国との安全保障条約など、「国家としてどうすべきか」が問われる中、憲法の改正論議は大いにするべきだ。

さて、広告や記事にあったJCの憲法草案だが、ポイントは三つ。
@「前文」に日本らしさを!
A「国歌非常事態」を補完!
B「憲法改正」条件を緩和!

とても常識的だと思う。
三つとも現在の日本にとって重要なことである。

進める順番は、BA@の順であろう。
先ずは、「憲法改正の条件」の変更である。
もう一つ重要なのは、国民的議論にするべきであろう。
それは、憲法の条文を議論するというのではなく、「我が国の建国」や「日本国とはいかなる国家なのか」ということを教育を含めて行なうべきだ。

この牽引を日本青年会議所にも是非担ってもらいたいものだ。

草案の内容をさせてもらいながら、自身も憲法に対する理解を深めたい。


posted by 伊藤保徳 at 08:46| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

メンタル不調

昨日、第4回職場健康フォーラムが開催され、共催団体として出席した。

回を重ねるごとに内容も充実してきているが、基本的には「情報提供」と「特別講演」の二つの内容である。
情報提供は、いわゆる事例発表であり、今回は尾張旭市役所と河村電器産業株式会社が取り組んでいる「健康管理活動」の報告であった。

尾張旭市役所の取り組みは、「まちづくり」のひとつとしての取り組みであり、今後ますます注目を集める活動だと感じた。
河村電器産業での取り組みは始めて数年であるが、従業員の自発的参加を促す工夫が随所に見られた。

そして特別講演では、愛知教育大学名誉教授の竹内登規喜夫先生から『メンタルヘルスの気づきとセルフケア』と題した話をうかがった。
メンタルヘルスに関するセミナーが各所で盛況だが、極めて範囲の広い問題である。

精神障害の症状とその処方、原因とその予防などなど、全体を捉えようとすればするほど「焦点のない話」になりがちである。
今回の竹内教授の話は、テーマにあるように「気づきとセルフケア」であり、「自らが自身のメンタルを認識し日常生活をどのようにおくるか」というものであった。

見方を変えると、「正しい生き方の実践」という内容であった。

先ず、メンタル不調に陥る「ストレス」についての説明。
そのストレスが原因で、「身体」、「精神・心理」、「行動」にどのように表われるのか。
その現象を具体的に説明された。

こうした現象に対し、先ず自らが認識しどう対応すべきかの説明があった。

自分のこともそうだが、周りの人の変化にも気付き、的確な対応や支援をするべきでもある。

まとめとして、
「メンタル不調を招かないための日常のセルフケア、周りの人への勧め」が重要だとし、何よりも『心のゆとりと潤いの重視』が肝要だと述べられた。

効率最優先の生活から「人間性回帰」への転換である。
人本来の正しい生き方に戻れ、というのである。
まさに倫理であり、人間学の実践である。

そして、「豊かな人間関係構築への努力」を強調された。
教授自身の「人間観」と「行動基準」の紹介があった。

「人間観」=「人は誰も人の子だ」
「行動基準」=「人間としてあたり前のことを、ごくごく当たり前のこととして行動のできる人間でありたいし、そうした人材を育てたい」

メンタル不調(うつ)にならないためにも、人本来の生き方を「当たり前」にしたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 09:42| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

会員拡大と普及活動

各種団体が必ずぶつかる壁として「会員」の減少がある。
発足する時は、活動の推進力も強く、周りを巻き込む力も強いが、ある期間を経過するとそうした勢いも萎えてくるものだ。

倫理法人会でも同様の悩みがある。
更に言えば、倫理法人会は「倫理運動の普及」が究極の目的であり、「普及=会員の増加」という図式で判断され、末端の活動は「会員をどれだけ増やしたか」が問われてくる。

一見論理的だが、普及活動の成果を、会員が増えたかどうかだけで測定し、評価をすることが本当にいいことなのか時々疑問の念が湧く。

まずは現在の会員数を減らさない活動が必要である。
会員にとって所属し、活動に参加することに意義を感じているかどうか。
案外配慮不足のことがある。

ある日「退会の申し出」があり、突然なこととビックリするがそれは突然ではないだろう。
必ずその兆候があったはず。
その兆候を早く見つけ、対処していたならば退会という気持ちにはならなかったかもしれない。

こうした現在の会員に対する「啓発活動」が必要だ。

その上で会員ではない経営者に「普及活動」を行なうことになる。

上位からの指示が「会員数の増」ということ一辺倒だと、結局は「入会のお誘い」ということになる。
接触して反応などを感じながら次なる活動をすることになる。
「入会のお誘い」という姿勢での活動は「イエスかノー」の二者択一になりがちで、ノーならば次なる所へ、ということになる。

しかし、「普及活動」ということになれば根本的に違ってくる。
狙いは普及であり、些かオーバー表現なれど「生涯をかけてあの人を・・・」ということにもなる。

こうした「活動の狙い」を明らかにすることが必要であり、狙いにあった「目標」を設定すべきだろう。

今朝は瀬戸氏倫理法人会の役員会であった。
素朴な思いを抱きながら出席した。

posted by 伊藤保徳 at 10:26| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月11日

ものの見方考え方

日々の生活の中で、何となく感じていることを「ズバリ」言い切ってもらうと確信が持てるものである。

10月10日、産経新聞の「正論」で、政策研究大学院大学教授の大田弘子氏が「規制改革で成長のタネを育てよう」と述べている。

7月末、閣議決定された「日本再生戦略」に対し、そのコンセプトは賛意を示しつつも、肝心のその具体的方策が示されていないことへの批判と「なすべきこと」が述べてあった。
要は、「規制改革に真剣に取り組むこと。それには首相のリーダーシップが必要である。」ということであった。

私もその通りだと思うが、「ものの見方考え方」で(日頃何となく感じていたことで)確信したことがある。

それは、「課題は成長のタネである」「タネを育てるのは規制・制度改革が不可欠」ということである。
「課題」とは、解決しなければならない「問題」のこと。
その「課題」を「成長のタネ」という見方である。

日本が直面する「課題」といえば、「高齢化」「グローバル化の遅れ」「電力危機」が代表的なものである。この三つの課題について「成長のタネ」として捉え、それぞれのビジネスチャンスとして「高齢化⇒介護」、「グローバル化の遅れ⇒農業」「電力危機⇒電力」それぞれの分野で可能性を示している。

参考になる「考え方」である。

そしてそれらのタネを育てあげるには「規制・制度改革」が不可欠としている。

企業経営にあってもこの発想は通用すると思う。

「経営課題こそは成長・発展のタネである」
「タネを育てるには、旧来の風土や仕組みを改革することが不可欠」

成長・発展の軌跡を振り返ると、大なり小なりの「規制改革」を行なってきている。


posted by 伊藤保徳 at 08:11| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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