2012年07月31日

残業を減らしたい

昨日、知り合いから「残業を減らしたいという意向に対し、どんな方策があるんだろうか・・・」という相談を受けた。
知り合いのお客様で、残業が慢性化しているとのこと。
毎日、9時、10時というような状況のようだ。

残業という言葉の響きは、「余分なもの」「予定外」といった「本意ではない」というようなものと、「予定以上に仕事がある」「収入が増える」という「歓迎の意」というものがある。

「残業を無くす」と言っても、この相反する意味が交錯し、意思統一をするのはなかなか難しい。
これに、「時間に無頓着」な人が加わるとさらに難しくなる。

労働基準法では、残業(時間外労働)について、割増賃金や総労働時間の規制などをしているが、大企業は遵守されているようだが、中小零細では「そんなことは言ってられない!」というのが本音のようだ。

今回の相談も「発展途上の20人ほどの中小企業」の事例である。

いろいろ話し合ったが、そこの社長さんの「残業時間を減らす」という強い意志が大前提になろう。社長が残業をする社員に対し、「よくやっている・・・」という気持ちがあるとすれば残業はなくならないだろう。
強い意志のもと、「いかにして残業を減らすか・・・」。
この事をテーマにしたワークショップをしたらいいと思う。

まずは日々の業務把握と分析である。

つまり、「残業の正体」を明らかにすることから始めるべきである。

その正体を明らかにするプロセスこそ、「作業改善、現場改善」のケーシスタディだと思う。

こんなやり取りで終ったが、是非「実」をあげてもらいたいものである。


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2012年07月30日

経営塾の成果

中国(上海)での経営塾は、6月をもって修了した。
合計8回の開催だったが、塾生はみな熱心で、学びについて極めて前向きであることがわかった。
日本の同年齢と比べると、大きな差がある。
「日本人よ、もっと勉強しなさい」、と言いたくなってしまうほどだ。

さて、経営塾の成果として、グループで研究した内容を「経営課題提言」とまとめ上げてもらった。その発表日が急に決定した。
明後日の午後である。

幸いにもチケットが取得でき、明後日出かけることにした。

今回の経営課題提言は三つ。
1、中期の経営目標達成のための課題と対策
2、中国事業における人事、労務対策
3、アジアにおけるブランド戦略提言

「1」が総論で、「2」「3」が各論のように感じるかもしれないが、内容はそうでもない。
三つとも、「中国事業の変遷を総括」し、「そこから課題を明らかに」し、「中期経営目標達成のための諸施策を検討」、「課題解決と目標達成」の同時実現を図ろうとする内容である。

最終の仕上げ、プレゼンの原稿は見ていないが、まずまずの出来だと思っている。

8ヶ月に亘って勉強し、「歴史やその変遷」「問題点」「今後の進むべき方向」を共有できたことは、彼らにとって有効であろう。
目の前の問題を解決するのも大切だが、中長期の視点やトップの考える「事業観」にもとづく意思決定基準を知ることがより大切であることを学んだのである。

彼らが中国事業の中枢メンバーとして益々活躍してくれるものと期待している。

1日の発表が楽しみである。


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2012年07月29日

公開シンポジウム

昨日名古屋で「公開シンポジウム」に参加した。
主催は、産業システム研究会(名古屋学院大学大学院博士課程ゼミ)と基礎経済科学研究所(学会)で、テーマは、『ひと・まち・ものづくりの経済学・・・産業と地域、労働と人生の文化的創造』であった。

参加の動機は、今活動を改めて開始した「まちづくり活動」に参考にしたいということ。もう一つは、随分お世話になっている教授の講演があるということだった。

名古屋学院大学大学院というのは、1997年に創設されたが、私は縁あってその一期生である。
修士課程を終える年に博士課程も開設され、結局は大学院に合計7年くらいお世話になった。創設から丁度15年、今日までに900名以上修了生を出しているが、私が一期生ということもあり、大学院同窓会会長の役を仰せつかっている。

基調講演をされた十名教授は、京都大学を卒業の後神戸製鋼に入社、21年間の勤務の後研究の道に進まれた人である。聞けば、この世界でも21年になることだった。

そんな背景もあり参加することになったが、会場について幾つかの驚きがあった。
先ずは参加者が多いということ。
休日、オリンピックの開会、酷暑・・・こういう状況下でも勉強熱心な人はいる。
主催者の方は4〜50人くらいの参加を見込んでいたようですが、70人位はいたようだ。

もう一つは参加者の年齢層が広いことであった。
「博士課程のゼミ」という位置づけで、大学院生も何人かいたと思うが、若い人も少なくなかった。

そして、大学院の修了生も多くいた。
社会人になって本格的な学び(あるいは研究)に楽しさを見出している人も少なくないようだ。

私は社会人大学院は「異業種交流」に価値を見出してきた。
しかし、そのことに加え「深く学ぶ(研究)」ことの楽しさもあることを感じている。そして昨日、そのことを確信した。

シンポジュウムの内容は改めて紹介するつもりだが、休日の昼下がり、2時間余の知的な時間を過ごさせてもらった。
いいものである。


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2012年07月28日

続く同士打ち

国民の期待を背景に政権交代が実現した。
しかしながら、政権についても「与党としての自覚の欠け」、立場をわきまえない発言などが続きその支持率は落ちるところまで落ちている。

そしてさらに「政局は混迷」するばかりである。

日本のことが心配になってきた。

昨日、パソコンを立ち上げた時、『「同士打ち」を続ける民主』という記事が目に入った。(msn産経ニュース「宮家邦彦のWorld Watch」)

内容は、あの「オスプレイ」(米軍の垂直離着陸輸送機)に関して、関係地元首長と政府間の対立のみならず、政権与党内でも不一致であることは大問題であるという指摘である。
《国家統治の迷走》だと言い切っている。

いろいろな意見があっていいのではないか、それが民主主義なんだから・・・という意見があるが、それはとんでもないことで、時と場合、立場、役割によって許されるものではない。

結論を出す過程での議論のやり取りはわかるが、「日米安保の枠組み」という前提条件がある以上、政権担当政党内の足並みはそろえるべきである。

さて、記事の中で一番気になるところはこのやり取りを中国はどう見ているかということだ。
《今頃、中国人民解放軍は、最新鋭の大型輸送機を沖縄に配備できないでいる日米同盟を見て、高笑いをしていることだろう。》

現在普天間にある老朽化したヘリコプターに替わる新型機が配備されることは、中国とっては脅威なのである。今の状態は「中国にとっては歓迎」なのである。

国防という点から考えればとんでもないことです。
政権与党の内紛は、日本のことを虎視眈々と狙っている外国にとってチャンスでもある。

尖閣諸島や北方領土について、外国からのプレッシャーが増す中、今こそ一致団結する時だと思うのにこんな状況です。

今更いうまでもないが、殆んどの国民は願っている。
「早く安定した政権を確立すべきである・・・」と。

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2012年07月27日

リーダーシップの定義

我々日本人は、素晴らしい日本語を持っている。

先の大戦に敗戦した後、廃墟から国民が一致団結して復興するには「手本」「目標」が必要だった。それらの一つが、欧米諸国の技術や仕組みであったと思う。

しかし、今日当たり前に使われている言葉を「キチンと日本語で説明しなさい」、と言われ、スラスラとできるものもあれば出来ないものもある。
解釈がいろいろある言葉もある。
「リーダーシップ」などはその代表格かもしれない。

日本経済新聞(7月23日夕刊)に『Nipponビジネス戦記』というコーナーがあるが、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本社長のロバート・サイデル氏が『リーダーシップの定義』と題した一文を寄せていた。

氏は、日本のビジネスマンの優秀さを評価する一方で、リーダーシップがキチンと定義されていないために「それが発揮できていないのではないか」、という指摘をしている。
同感である。
かといって私自身が明確に定義できているわけではない。

氏の会社における「リーダーシップについての考え方や内容」が示されており、紹介する。
とても参考になると思う。

日本でも米国でも、書店にはリーダーシップの本がたくさん並んでいる。しかし、日本の場合「部下を持った悩める上司にため」に書かれたものが多いという指摘の上で・・・

《部下を持つことはリーダーシップについて考えるきっかけにはなる。しかし、部下の指導や育成能力はリーダーシップの一つの特性にすぎず、リーダーシップは部下を持つ上司だけに求められているものではない。

当社では、新入社員も含めて全社員にリーダーシップの発揮を求めている。(中略)

リーダーシップによって成果を生み出す行動を
「未来を創造する」
「社員を鼓舞する」
「顧客感動させる」
「約束を果たす」
という4つに分類。これらを率先して行動に移すことを求めとともに、例えば「社員を鼓舞する」ための模範的な振る舞いとして「焦点を明確にして理解を深めるような会話を導く」など、具体的な行動例を示している。》(以下略)

どうも日本は部下を持つ人に必要な特性としてリーダーシップを考えていたようだ。

4つの分類を見ると、「目的を正しく理解し、その達成のための方策を自ら進んで行なうこと」と言えそうだ。

じっくり考えるのも良い。
職場で話題にすることも良い。

要は「共通的な認識」を確立するべきであろう。
それが「言葉の定義」でもある。


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2012年07月26日

元首相の言動

元首相の言動がまたまた物議をかもし出しそうだ。
鳩山元首相のことである。

そもそも現職の時、日米安全保障条約の「意味」をし知ってか知らずか、「沖縄米軍基地をせめて県外に・・・」と述べた時、この人は「立場を認識していない人」だと思った。
そう思った国民は少なくないと思う。
以来、アメリカとの関係はギクシャクしたものになった感がする。

アメリカの言う通りになる必要は全くなく、「ノー」と言える日本でありたいし、そうなるための努力はすべきである。

首相の立場は「国家の代表」であり、もっと気をつけるべきだし、ああいう人を党の要職につけておく民主党の執行部は一体何を考ええるのかますます不信感が増す。

鳩山氏の最近の言動で問題だと思ったのは、このところ毎週金曜日の夜に首相官邸前で繰り広げられている原発再稼動反対のデモに参加し、マイクを握ったことである。
元首相であると言う立場を全く理解していない。

昨日の新聞(中日新聞と日本経済新聞)でこのことが取り上げられていた。
中日新聞は「社説」で取り上げていた。
「反原発抗議行動に考える」として、鳩山氏のスピーチを紹介している。
『私はかって官邸にいたが、いつか国民の声が届かなくなっていた。これから官房長官に会って、皆さんの声を伝えます。』

そして、記事は《人気取りと批判するのはやさしい。だが、人々が元首相を引っ張り出したいえないか。》と続き、《声が届けば政治は変わる。》と結んでいた。

一方日本経済新聞は、「日経電子版から」という欄で短く伝えていた。
こちらは批判的である。
《鳩山氏の行動の問題点は、パフォーマンスが過ぎるという類の問題ではなく、もっと根本的なところにあるのではないか。今回の抗議行動の本質を理解していないのである。》(原文抜粋)

では、この抗議行動の本質とは何か、ということになる。

私も明確に本質を理解しているわけではないが、「日本のエネルギー政策をどうすべきか」、という議論や方向付けがないままに、夏の電力事情(それも電力会社の意向)という目先の理由で原発の再稼動を決めたことに対する「問題提起」だと理解している。

そうだとすれば、元首相のいう「みなさんの声を官房長官に伝える」なんという発言はおかしいと思う。

中日新聞の社説も、すこしニュアンスが違うのではなかろうか。

言葉は「何を言った」というより、「誰が言ったのか」が重要である。


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2012年07月25日

正しい行動

私が35歳の頃、あの有名だった地獄の訓練に派遣された。
正式には「管理者養成学校・初級訓練」という。

通称「地獄の訓練」と言われるだけあって、訓練はなかなか厳しく、今でもよく覚えている。
人間は楽しい思い出よりも苦しかったことの方が記憶に残るものらしい。

会社にもいろいろな影響のあった「教育訓練」であったが、一番の財産は会社に「基本動作」が重要だという価値観が植え付けられたことであろう。
朝礼、会議の最初と最後、部屋への入室など、拝礼と発声は今でも残っている。
会社で「基本動作」という小冊子を作ったほどだ。

つまりそれは、「知っていることとできることとは違う。出来て一人前。」という基本的な考え方と、「磨き抜かれた基本動作は人格をつくる。」という、人間成長の手段として明確に位置づけていたということだ。

頭で理解しているだけではダメで、行動しなければ意味がないのである。
ということは、「行動を見れば人がわかる」ということである。

この「行動を見れば人がわかる」という言葉をそのまま使った本があった。

書名は『ビジネスマンのための「人物力」養成講座』(小宮一慶著、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)という新書である。
その表紙に次のような言葉が並んでいる。
・人はあなたのここを見ている

・人を見るならここを見ろ!
 行動を見れば、人がわかる。
 行動を変えれば、人は変わる。

・あなたを「人物」にする12の要件と8つのステップ

一般的には「人間力」といったりするが、この本では「人物力」。
あまり聞かない言葉である。
興味を持ったので購入したが、内容は「いいと思うこと。思うだけではなく実践しよう。」というもの。しかも、日常的な「細かなことから・・・」である。

いうなれば、「行動を変えれば、人は変わる」というものだ。
私もその通りだと思う。

今、いろいろな勉強会に出ているが、その中で「いいと思ったこと、気付いたこと」、これらを行動に移さなければ「学んだ意味がない」。行動に移し、世のため人のためになって初めて学んだといえよう。そしてそれを継続する。
その結果、考え方や人格までも変わるのである。


posted by 伊藤保徳 at 11:57| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

話が弾むルール

滅多に読むことのない新聞だが、たまたま勧められサンプルとしてもらった。
その中に、どいう訳か4月30日のものがあった。
聖教新聞である。

三ヶ月ほど前の新聞だが、面白い記事がいくつかあった。
その中の一つに、「話が弾む5つのルール」というものがあり参考になると思うので紹介する。

1.反応は大きく
人が話をする時、聞き手に求めているのは「反応」なのです。

2.オープンになる
オープンな人は楽しく、仕事もできる人が多い。人脈も広がりますから、裕福になる人も多いようです。

3.沈黙を上手につくる
沈黙は相手に話す機会を与えることです。沈黙を上手に使うと、相手が思わず話したくなるものです。

4.最初から質問しない
話し始めは質問しないことです。質問とは、「聞きたいこと」に話し手を誘導するものです。相手の「話したい道」から外れてしまう可能性があります。

5.気持ちをやりとり
自分の気持ちを伝えて、「そんな辛いことがあるんですね」と反応してもらえたら、辛い気持ちも一気に消えるものです。この時、始めて信頼が生まれて、心と心が通じ合えます。

タイトルだけで十分わかると思うが、それぞれに200文字程度の解説がある。
その中から抜粋して紹介した。

感じるのは、その場のルールというより、人間的な修養のようだ。
こうしたことが備わっていれば、複雑な人間関係も多くを「味方」にしてしまうのではなかろうか。

精進したいものである。

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2012年07月23日

千秋楽

大相撲名古屋場所は、昨日の千秋楽結びの一番で、全勝力士同士の対決、大いに盛り上がりました。
優勝したのは大関日馬富士、成績は勿論全勝だった。

もう少し白熱した熱戦を期待したが、横綱白鵬はあっけなく土俵を割ってしまった。
横綱は、あの朝青龍が引退してから一人横綱としてその重責を担ってきた。日本人より日本の心や相撲道を究めようとする姿に、感動をおぼえた人は多いと思う。
私もその一人である。

その大横綱がこの数場所、調子を落としているようで気になるところだ。
今場所も、初日に「あわや負け」という取り組みで、取り直しの結果白星を拾ってのスタートだった。

来場所は、大関日馬富士の横綱挑戦が一番の話題になるでしょう。

さて、千秋楽は部屋ごとに「打ち上げパーティー」がある。
後援会の皆さんの骨折りで開催されるが、私は3年前から尾車部屋の「打ち上げ」に参加させてもらっている。
尾車部屋が近所であること、取り持ちをされている責任者の方が知り合いである、ということからご縁をいただいている。

昨日は、市内の「韓国家庭料理店」で午後7時から始まった。
100人近い人の中に、ひときわ目立つ浴衣姿の力士。
一通りの挨拶が済み、いよいよ乾杯。

私の前には新潟出身の力士が座ってくれたが、私を覚えていてくれる数少ないうちの一人だ。従って、久しぶりに一杯飲む、という感じだ。
というのは、今場所はいろいろな予定が重なり、場所直前の激励会やチャンコの会などに出席できなかったのである。

「千秋楽」
とてもいい言葉だと思う。

改めて広辞苑をみてみた。
@雅楽曲の一つ。唐楽に属する盤渉(ばんしき)調の曲。舞のないもの。
A能「高砂」の終りにある文句。付祝言(つけしゅうげん)に用いる。
B(法会などの最終日に千秋楽@を奏したからとも、演能の最後に千秋楽Aを謡ったからともいう)
演劇・相撲などの興行の最終の日。千歳楽。

興行の最終日のことを「千秋楽」という。

こういう世界では、最終日は打ち上げであると同時に次なる興行への「決意披露」というような意味があるように思った。
力士はゆっくり休む間もなく、北海道から始まる夏の巡業が待っている。
昨日の食事はつかの間の休憩だったと思うが、英気を養い頑張ってもらいたいものだ。

一度、東京両国にある尾車部屋を訪ねたいと思っている。

posted by 伊藤保徳 at 06:58| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

教育についての議論

今頃?という感もするが、教育委員会制度改革の声があがっている。
大津市のいじめ問題に端を発していることはいうまでもない。
今朝の日本経済新聞の社説でも取り上げられていた。

要は、「いじめ隠蔽する教育委員会なら要らない」とし、教育委員会という制度そのものの抜本改革が必要であるという内容だった。

そのとおりだと思うし、テレビで見る大津市の教育委員会の教育長や校長はあまりにも「ひどい」という印象だ。
あの会見を見たり、昨今の新聞報道が真実ならば「職位の辞任・制度の見直し」は当然であり、社説にある「制度の抜本改革」も当然だと思う。
しかし、大きな声で「抜本改革だ!」と叫んでみたところで動きだすのに多くの時間がかかるだろう。ここは、いじめ問題を契機とし、「学校教育を考える国民会議」を立ち上げ、今の「教育実態」を国民が共有すべきだと思う。

教育は国にとって、優先順位の高い課題であり、多くの議論が必要である。
そうした議論を経た上で新しい仕組み(制度)をつくるべきである。
現在の制度をあれこれひねくり回しても意味ないこと。時代が大きく変わっており、明らかに制度疲労を起こしているとしか言いようがない。

教育に対する議論(関心)を高めることは重要である。
私自身、瀬戸市教育委員会の委員に任命され、「委員会の任務や業務」など、知らないことばかりだった。
一般の人達は推して知るべしである。

教育委員会の組織だが、委員は「素人」が任命され、委員長とか委員長職務代理者などの役職に着く。瀬戸市の場合、「委員の任期は原則4年」であり、3年目に職務代理者、そして任期最後の4年目が委員長というように持ち回り式である。

人数は私の頃は5人で、4人が「素人」1人が教育長である。

記者会見など、対外的には「教育長」がその役割をされている。
そして、委員会事務局という組織がある。
この組織は教育長を頂点にいくつかの課がある。瀬戸市の場合で100人近い人が在籍している。

教育委員会というのは、「5人で構成された会議体(機関)」を言う場合と、「教育行政の執行機関(つまり全体)」という場合がある。

こうしたことも殆んど疑問も挟まず行なわれてきた。
疑問を発したとしても、多くは「県の教育委員会の意向なので・・・」といわれてしまう。

こうしたことについても是非俎上にあげて議論してもらいたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 10:33| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

異業種に学ぼう

今朝の日本経済新聞1面に、「営業利益最高に」という見出しがあった。
オリエンタルランド(東京ディズニーランド)の4〜6月期の業績のことである。

「東京ディズニーランド」はアミューズメント分野で「一人勝ち」といわれているが、業績も天井知らずの感だ。
4〜6月期の三ヶ月間で連結営業利益が「150億円程度」(前年同期は30億円)で、売上高は「900億円前後」(前年同期比9割近く増)だという。

考えてみるに、昨年の4〜6月期というのは、あの東日本大震災の直後である。ディズニーランドも被災したようだが、一時避難所として場所の提供があったことも聞く。
海外からのお客様は「二桁の減」だったようだ。

それが1年後には営業利益で「5倍」という伸びである。

こういう「発展成長を遂げている企業」は注目し、そこから多くを学び取るべきだ。
異業種であるが故にことの本質を見なければ参考にする点は見つかるものではない。

ディズニーランドに関しては「ビジネス本」が数多く出ている。
私も数冊読んだが、勧めたいのは次の一冊である。
『ディズニー的思考法』(西村秀幸著、株式会社ぶんか社発行、2008年11月初版)

この本は、ディズニー的な思考(発想)を人間関係に応用してみては?という内容。
ポイントは「チームの中で生きる」「相手を気遣う、行動する」ということだと思う。

「人間関係に応用」というだけあって、職場内とかお客様との関係などにも大いに活用できる。
そういう意味からも勧めたい本である。

posted by 伊藤保徳 at 09:03| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月19日

授業の目的

数日前に、学校教育の改革が必要であることを書いた。
今、いじめ問題が大きく取り上げられ、学校現場や教育委員会という仕組みにも批判の声が上がっている。

教育、人材の育成は国づくり百年の計の根幹をなすものである。
そのことはよくわかっているのも関わらず、社会の流れに身を任せ、本質からどんどん離れていっているようだ。
こうした流れ、風潮も戦勝国アメリカの「堕落への仕掛け」であったとすれば、空恐ろしくなる。早くそのことに気付き、呪縛から逃れわが国独自の仕組みをつくり上げなければならない。
その基になるのが教育であり、今の教育諸制度の抜本的改革だと思う。

あまり大上段に振りかぶっても難しいが、各論の議論やできることから手をつけるべきだと思う。
勇気ある一歩を踏み出すべきだ。

例えば、国の学習指導要領に関することで・・・。

昨日(7月18日)の中日新聞夕刊に、『歴史授業7校不適切』という見出しで、授業が国の学習指導要領に沿った授業がされておらず、「2755人に夏休みなどを使って補習授業」をするとの記事であった。

県立高校7校が、少なくとも3年以上にわたって日本史と世界史の授業で要領に定められている内容の授業をしていなかったということだが、学校側は「大学受験に必要な部分を重点的に教えたかった」という釈明をしたという。

教育の本質から外れたところでの問題だ。
要は、「学習指導要領通りにやれ!」というのと、「大学受験に必要なことを教えるのが現実的だ!」という考えの衝突である。

法的には「要領を遵守する」ことが決まりだろうから守らなかった学校は「補習をする」というペナルティを受けることになったと思うが、生徒にとっては「いい迷惑」だ。

こんなことが学校現場で起きている。
教育、授業の目的など、どこかにいってしまい、やれ決まりだとか、やれ現実的だといっている実情を「教育委員会や文科省」はどう見ているんでしょう。

今回対象になった授業が「日本史・世界史」というのも気になるところだ。
第一、「選択科目になっているとは何事か」、といいたくなる。
日本の学校で、「日本史・世界史」が選択などありえない。
「日本史」は必須であり、名称も『国史』とするべきである。

いいかげんに、前例主義から抜け出してほしいものだ。


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2012年07月18日

若者の就労環境

7月16日から日本経済新聞で「働けない 若者の危機」という特集が始まった。
第1面である。
それほどまでに深刻な問題になっている。

にもかかわらず、相変わらず無責任な意見が多く、問題解決の道は遠いという印象だ。

現状を示す象徴的な「意見」が記事にあった。
16日日経の第2面に、竹中平蔵氏(慶応大教授)と古賀伸明氏(連合会長)の、若者の就職環境に対する意見が載っていた。
そして最後に「記者の目」として、両氏の意見とは少し視点の違うコメントがあった。
このコメントは一つの視点として興味深く読んだ。

《シニアにも若者にも質の高い雇用を確保することが経済界の責任と主張する古賀氏と、正社員の解雇規制を見直すことで若者の雇用機会をふやすべきだと訴える竹中氏。
若者の現状を憂慮している点は同じだが、その対策の考え方は対照的だ。(中略)

若者の問題を考える際には単なる「雇用の確保」にとどまらず、若者一人ひとりの能力をどう高め、有効に活用するかという視点が欠かせない。》

私は、若者の就労(働くこと・働き方)を「雇用」と同じような意味に使っていることに違和感を覚える。つまり、雇用というのは「経済界」(企業)に大きな責任があるような論調はおかしいと思う。
企業は、就労機会を提供することはあるが、「雇用の責任」は雇用契約をした人に対するものであり、契約関係にない人まで責任を問われるのはいかがなものであろうか。

私は「雇用の拡大」は雇用をしようとしている事業所への「お願い事項」であり、批判の対象ではないと思う。
もっと国レベルで「若者の就労機会の創出」を図るべきである。
個人で、あるいは仲間と簡単に「起業できる環境」をつくったら良いと思う。

さらにいえば、「国を挙げて仕事づくり」をするべきである。
今日そうした流れがでてきつつある。

活動が継続されているNPO法人などはその一つといえよう。


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2012年07月17日

古事記を学ぶ

今年は「古事記」が編纂されて1300年だそうだ。
今まで、「古事記」や「日本書紀」が日本建国の頃を記した歴史書であることは知っていたものの、その内容や古事記と日本書紀の違いなどは知らなかった。

しかし、バブル経済の崩壊以降、日本は目指す方向性を見出せぬまま10年、20年と経過した。
そこにあの東日本大震災である。
識者は「日本の根本的な転換が望まれる」といい、日本にあった良き伝統文化の復活の声も上がってきた。

伝統的精神文化の原点に立ち返り、これからどうすべきなのか、国民がそれぞれの立場で考え、道を見出していかねばならないと思っている。

大東亜戦争の敗戦により、それまでの伝統的な精神文化をずいぶん多く捨ててしまった。
今更そのこと嘆いてもせんないこと。
要はこれからどうするかである。

やはり、わが国の建国からの歴史を改めて学ぶべきだろう。
古事記編纂1300年というのも、巡り合わせかもしれない。
そんなことから古事記に興味を持つようになった。

いろいろ関係資料を読んだが、まだ興味のレベルである。

そんな状況の中、中日新聞の日曜版(7月15日)で「古事記」が取り上げられていた。
「世界と日本 大図解シリーズ bP052」である。

今までいろいろな資料を見たが、「事象」はわかるものの、事象のつながりや関係性は理解するのに難しいと感じていた。
しかし、この「大図解」はとてもわかりやすい。
「古事記入門編」といってよい。

「神話のこと」「万世一系の天皇家のこと」など、日本国史の大本を知ることができる。

国があってこその「我が祖先」であり、両親である。
昨日も書いたように「歴史教育」が極めて重要である。
『古事記入門』がそのキッカケになってもらいたいものである。


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2012年07月16日

学校教育の改革

昨日、橋下大阪市長率いる「大坂維新の会」の「公約たたき台」のことを書いた。
「維新八策」として、8項目の政策が掲げられたが、いずれも「既成政党では実現不可能」なことばかりであり、勢い、新しい勢力に注目の集まるところだ。

私はこの中で、「憲法改正」と「教育改革」に大きな期待を寄せている。
「憲法改正」については考えを改めて披露する機会が来ると思うが、今回は「教育改革」について所見を述べたい。

「教育改革」というのはとても範囲が広く、文科省を頂点とする「教育制度」の改革もあれば、今、またまた問題になっている「いじめ」についても取り上げられ、誠に範囲の広いテーマである。

私が15年位前から思っていることは、学校教育の授業内容の改革である。
学校教育で自国の歴史や文化をこれほどまでに軽視している国は「日本だけ」だとおもう。

歴史について言えば、「年表を記憶するだけの教育」だし、明治維新後の近代史は実に大雑把であるし、「戦争は悪、仕掛けた日本人は悪人だ」と、自虐的歴史観が刷り込まれてしまった。
「戦争はよくない」。この事に異論はないが、国として何故戦争に走ってしまったのか、史実に基づいて教育するべきである。
又、日本の建国の関わる教育も全くない。

この弊害は1990年代になって顕著になってきた。
アメリカに追いつき追い越せ、という時代は「進めべきところが明確」であった。しかし、先頭に立った途端、どこに行くのかわからなくなってしまった。
それは、国の建国や伝統文化に裏打ちされた「国の根っこ」を自覚する人が少ないからだと思っている。
教えてもらっていないから当然といえば当然である。

もう一つは「国語」である。
「読むこと」「書くこと」は確かに授業がある。しかし、母国語としての日本語教育というものがない。日本語を使うことが出来れば良いというものではない。
日本語こそ日本文化の究極であり、キチンと教育するべきである。

言うなれば、学校教育で「国語」と「国史」をもっと強化するということである。

今、世界的にも注目をされるようになったブータン。
この国は、『国民総幸福(GNH)』を国是としてうたっており、「医療」と「教育」は全て無料だそうだ。

特に教育には力を入れているようで、(中日新聞6月6日に)ブータンの教育事情という記事があった。
それによれば、授業の前に「2分間の瞑想」があり、随所に仏教国らしい配慮があるようだ。
つまり、国としてのアイデンティティーを保つ中心を「GNH教育」においているとのことである。

教育は大切である。

戦後60数年間の教育は、日本今にどんな功罪をもたらしたのか。
多くの日本人が「罪の方が多い」と思っているのでは・・・。


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2012年07月15日

維新八策

消費税増税関連法案が三党合意により可決される見通しである。
しかし、政権与党の民主党は内部崩壊の危機にあり、政党がどんどん小さくなり国の舵取りが全く不安定になっている。

「こうした流れはどこかの国の誘導である・・・」、という意見もあり、もう少し「日本国のこと」を真剣に考えてもらいたいと願っているのは、私だけではないと思う。

そうした中、大阪市の橋下市長が率いる「維新の会」の「目指す国づくり」の形が見え始めてきた。

今日(7月15日)の日本経済新聞に、『橋下・大坂市長の地域政党 公約たたき台』として、大きく報じられていた。
「維新八策の理念と政策」として、次の8項目が掲げられている。
1、中央集権から地方分権(国のかたち)
2、持続可能な小さな政府へ(行財政運営)
3、公務員の身分保障をなくす(人事制度)
4、文科省を頂点とする教育行政の作り直し(教育改革)
5、個人の自立と現役世代を重視(社会保障)
6、競争力強化と規制改革(経済政策・税制)
7、領土を自力で守る防衛力の整備(外交・防衛)
8、憲法改正

掲げられている項目は、「既存政党では手を付けられない」(あるいは、やろうとしたが出来なかった)ことばかりであることに注目したい。

自民党の結党の目的は「憲法改正」であったにもかかわらず議論すら出来ていない。
教育改革でも安倍内閣の時に取り組んだがそれはほんの僅かなことであった。
また、日教組や労組を支持母体にもつ民主党では「手がつけられないことばかり」である。

こう考えると、多くの国民が「第三極」に期待する気持ちはわかる。
ただ、それは知名度とか、人気とかの「その場限りの賛成」というのは問題だ。折角こうして「公約たたき台」を発表してくれているのであり、もっと真剣に勉強したり、考えたりすべきである。

政党政治が行なわれている現状において、「無党派」という人たちが有権者の半分以上もいるというのも異常である。
それだけ国民が政治に無関心であるということ。
こういう状況を変えないと日本は良くならないのでは?

いい機会である。
「維新八策の理念と政策」を勉強しよう。
民主党、自民党、公明党との違いを調べてみよう。
こんな事から始めてはどうだろうか。

私は八策の中で、特に「憲法改正」と「教育改革」について注目していく。


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2012年07月14日

ドラッカー

昨日の経営塾。
夕食の時話題になったのは「ドラッカー」であった。

「もしドラ」の反響が大きく、本屋でのドラッカー本が随分増えたようだ。

経営塾の塾生も大いに読んでいるかと思いきや、余り多くはなかった。

思えば、今から丁度20年前のこと。
会社は「第二の創業」を宣言し、この年の1月には「TQCの導入宣言」も行なった。
一方で、社長から特別プロジェクトの命が下り、経営長期計画を立案することになった。社長室のメンバーを中心に、外部からコンサルタントに入ってもらい、まずは経営幹部のインタビューから始まった。

インタビューから問題点を明らかにし、その原因を追究したり、問題の相関なども検討したが、その時の思考基準であったのが「ドラッカー理論」であった。

プロジェクト活動を進めながら、ドラッカーの「抄訳マネジメント」を何度も読んだことを思い出す。

そのプロジェクトでアウトプットした計画がその後の経営に大きな影響を及ぼしており、幹部会議では以来「ドラッカー言語」が多く行き交うようになった。


今回の経営塾で改めてドラッカーのことが話題となったことは、ある種の必然を感じた。
幹部への教育に「ドラッカー」を多く取り入れる必要がある。

管理者が自らそのミッションを自覚し、その職務を設計しなければ組織が有機的に機能しないのである。
つまりは、ドラッカーのいう、「経営管理者の職務設計責任」である。

さらには、事業や経営についての本来目的を自覚することが求められる時代であり、ドラッカー理論は大いに役立つと思っている。

今回の経営塾では9月にもう一回担当があり、その時にはドラッカー理論を加えようと考えている。


posted by 伊藤保徳 at 16:32| Comment(0) | 言葉・文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

第15期経営塾

今期の経営塾は先月から始まった。
1998年から始まった経営塾だが、14年を経過する中でいろいろな変化があった。

もともとは私が社会人大学院に通うことになり、最初の1年の時、ゼミでの学習が上昇志向を持っている人にはとても有益であると思い、希望者を募ったことがはじまりである。
従って、最初の数回はいろいろなことを試し、4回目あたりから定型化されたのである。

経営塾の本来の目的は「経営者の育成」であったが、10回目あたりからは受講者が若くなり、「経営者」というより、まずは管理者の育成と言う内容に変わってきている。

前回からは人事部の主管となり、内容も変わりつつあるが、一番の基本は「経営者が人材育成に深く関わる」、ということである。
その基本どおり、第15期は社長の講話から始まった。(第1回、6月)

全体的な流れのこともあり、前回の社長講話には出席し、トップの意図するところや塾生にかける思いなどを聞かせてもらった。
創業家の三代目として30年に及ぶ経営経験を話されたが、懐かしくもあり、価値観を再確認させてもらったこともあった。

そうしたことを踏まえ、今日午後から2回目の講義であり、私の担当である。

体験的な話が中心になるが、午後1時から5時半までという「長時間」というのが一番大変である。

担当項目を与えられた時間講義をすればよいというものではない。理解し、共感してもらわねばならない。
この、「理解と共感」をともに実現させなければならないところに難しさがある。だからこそ、外部の講師に頼めないのである。

とにもかくにも自身の持っていることを全て出し、彼らの成長に役立てたいという思いで取り組みたい。

posted by 伊藤保徳 at 09:52| Comment(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

パワーハラスメント

今年の全国安全週間も先週終り、各地各所で「産業安全」についての啓発行事が行なわれた。
愛知県では数年前までは、7月は「産業安全大会」を行い、「産業衛生(健康)大会」は10月にと、別々に開催されていたが、今は7月の「安全週間中」に「産業安全衛生大会」として行われている。

今年は7月4日であった。

安全と衛生を別々に行なっていた時は、講演も事例発表も「特化」されていたが、今は両方取り上げることもあり、どうしても形式的にならざえうを得ない。
その分、各地域や事業所ではより具体的な内容にしなければならないと考えている。

さて、今回の愛知大会で配られた資料の中に「パワーハラスメント」に関するものがあった。
ここ10位前から「メンタルヘルス」に関した取組みが多く紹介されるようになった。それに加え、職場のセクシャルハラスメントも問題となり、各事業所ではホットラインや相談窓口を開設し、その対応に苦慮しているところである。

そして今回はパワーハラスメントである。

配布された資料は厚生労働省が出しているもので、『これってパワハラ?』というタイトルのパンフレットである。
表紙には次のような文がある。
《「みんなでなくそう!職場のパワーハラスメント」
いま、職場のいじめ・嫌がらせが、社会的な問題として顕在化してきています。
厚生労働省では、これらの行為を「職場のパワーハラスメント」と呼んで、
社会に注意を喚起し、この問題の予防・解決に取り組むことを訴える「提言」を取りまとめました。
企業や労働組合は、職場のパワーハラスメント対策に取り組みましょう。
また、職場で働く一人ひとりの皆さまも、自分たちの職場を見つめ直し、互いに話しあうことからはじめましょう。》

パンフレットには、「パワハラの定義」をはじめ、「人や企業やに与えるダメージ」「パワハラの判定基準」「予防や解決策」などが記載されている。
そして、今年10月には、パワハラのポータルサイトを開設するという。

「職場におけるいじめ・嫌がらせ」が問題であるが、セクハラと同じで「受けた当事者の主観」によるところが大きいためにとても難しい問題だ。
その昔のことを思い出すと、「明らかに嫌がらせだと思える仕打ちも、ジッと我慢を・・・」と慰められ、耐えてきた。

「耐えることによって成長するところもある」、こんな言葉も信じてきた。

パワハラは、セクハラと同じように個人の人権とか尊厳からスタートしていると思うが、二つは同じではない。

欧米のような契約社会では「仕事」を通じた人間関係と割り切れるが、日本のような「人としての付き合い」も求められるという風土の中で「仕事と個人」を割り切ることができるのであろうか。

濃密な人間関係は「日本型経営」の特長の一つだと思うが、この人間関係が従来のそれとは一線を画すような状態になってしまうこと・・・。
それによるマイナスは?
あるいは対策は?
こうしたことも話し合うことが必要だと思うのだが・・・。


posted by 伊藤保徳 at 10:21| Comment(0) | 経営改善 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

社長の率先垂範

中小企業ならごく当たり前のことかもしれないが、社長自ら活力朝礼をされている会社がある。

瀬戸市倫理法人会の今朝のモーニングセミナーで、会員でもある会社社長の講話があった。
本題は、ベトナムへ進出した経緯や苦労話であったが、その前段として会社の活力朝礼の紹介があった。

今年3月、中部経済新聞にこの朝礼が取り上げられており、その記事も参考資料として配られた。

ラジオ体操や社訓の唱和は珍しい事ではないが、ユニークなことが二つある。

一つは、「運を高める言葉の唱和」である。
「運を高める言葉」というのは9つあり、以前、倫理法人会で主催したイブニングセミナーで講師から紹介されたものである。
@ありがとう Aしあわせ Bついている C大好き D愛してる E楽しい F嬉しい G大丈夫、大丈夫 H素晴らしい、の9つである。
この9つの言葉の前に、社員の名前をつけ、「〇〇さん、ありがとう!」と社長が言います。すると社員全員が「〇〇さん、ありがとう!」と続く。
これを、最後の「素晴らしい」まで続け、終ると周りの社員と握手をする、という流れである。

二つ目は、「30秒間大笑い」である。
これも社長自ら「わっはっは」と、大きな声で笑い、社員全員が社長に習って大声で笑うのである。それを30秒間続けるのである。
実際やってみると、結構長く感じるものである。

これらを毎日朝礼の中で行なっているとのこと。

一日の始まりに、「大きな声を出す」「運を高める言葉を言う」「全身を使って笑う」を行なうことはいろいろな効用があると思う。
身体のためにいいだろうし、気分もスッキリするだろう。

要は、社長(リーダー)自ら実行するか否かである。
良いとわかっていても実行するには勇気がいる。

記事には《社員の表情も生き生きとし、活気ある職場づくりに成功しているようだ。》とある。

今日の講話を聴き、我が職場(会社)でもやってみようか・・・と、何人のリーダーが思ったであろうか。そして、何人実行するのであろうか。


posted by 伊藤保徳 at 09:37| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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